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2018年8月 3日 (金)

「拝島道」はいかがでしょうか

東八道路の地下には古代道はないということでガッカリしたが,
東西に延びている道路で「拝島道」というのがある。
(昨日のフィールドワークで見つけてきた)

Dscn2961

場所によって「今風」の名前が付けられていて,
「武蔵台通り」「学園通り」などとと名前を変えながら西(拝島方面)へと向かう。
しかし,古い字名には「拝島道北」とその痕跡をしっかり残している。

「拝島道北」の字,「拝島道」そのものズバリ

https://www.library-kunitachi.jp/img/page/s06_area/kuni_chimei7.pdf#search=%27%E6%8B%9D%E5%B3%B6%E9%81%93%27

なので,東八道路の北側の数十mにある,そして,僧寺・尼寺との境にもふさわしい,
さらに,交差点付近では,現在でも府中市と国分寺市の市境にもなっている拝島道を,
東山道武蔵路と交差する新たな東西道路として推薦したいと思います。



            |     |
      尼寺  |     |  僧寺
            |     |
      ーーー    ーーー  
                       ← 拝島道
      ---    ---
           |      |
   正倉群   |     |  国庁
            |     |

             ↑
 
          東山道
          武蔵路


最後に,武蔵台公園のところに立てられていた,はいじまみち(拝島道)の写真をどうぞ!
「交差点付近に国庁があった」説は,やはり諦める必要はないと思います。

Dscn2957

Dscn2958


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