« 「政所院・大衆院」地区にも,ほぼ塔と同じ正方位の掘立柱建物群が! | トップページ | 竹寺(牛頭天王寺院) »

2018年8月28日 (火)

礎石建物・掘込地業は,九州王朝・国府寺の正方位の伽藍配置か?

さすが川瀬さん,もっとすごいことに気が付かれた。
(私がBS87の掘立柱建物の件をアップしている間に)

掘立柱建物の上を行くものが礎石建物であるが,
緑色に塗られているところが掘込地業(地下を掘り下げて,
版築と呼ばれる作業を行ったりする)で,
その礎石建物に耐えられるように地盤を強化することをいう。

それが中枢部区画施設の範囲を超えて外へと向かっていることは,
我々が想定した僧房施設が東西に延びることと一致するということなのだ。
(これがつまり,九州王朝による初期武蔵国府寺=正方位の伽藍配置である)

Dscn3243

    僧     坊 ・・・ 東西方向に長い

    (講    堂)

    (金    堂)

       

    (中   門)

    (南 大 門)

        ↑

« 「政所院・大衆院」地区にも,ほぼ塔と同じ正方位の掘立柱建物群が! | トップページ | 竹寺(牛頭天王寺院) »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 私は創建伽藍を「法起寺式」か「観世音寺式」で塔の西側の今の塔2があるところに金堂と想定していました。
 しかしもっと北方に掘り込み地業跡があるのなら、ここが東西に長い僧坊と考えていくと、寺院が縦長になるので、南大門ー中門ー塔(中軸線東側)-金堂ー講堂ー僧坊と南からならぶ、「大官大寺式」を想定することや、塔が東西二つある「薬師寺式」を想定することも可能になります。
 この塔の北側の地域はすでに住宅地が広がっているので発掘があまり進んでいませんでしたが、この発見された掘り込み地業跡がどこまで広がるのか。今後の発掘調査に期待します。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 この塔の北側の地域はすでに住宅地が広がっているので発掘があまり進んでいませんでしたが、この発見された掘り込み地業跡がどこまで広がるのか。今後の発掘調査に期待します。

本当に楽しみですね。それはきっと,「実はこうではないか」という
仮説を持っているからなのでしょうね。
この地区で水道やガスの工事がたくさん行われることを期待します。(笑)

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 「政所院・大衆院」地区にも,ほぼ塔と同じ正方位の掘立柱建物群が! | トップページ | 竹寺(牛頭天王寺院) »

2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ