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2018年8月14日 (火)

もう「多磨郡衙」は発掘されているのではないか?(4)

せっかく「タイムマシンの入口」のTさん宅までたどり着いたので,
東偏5度の街の規模を知りたくなった。
東偏5度の道(京司通りや旧甲州街道の下に埋まっていた道路跡のカーブするところ)に
直角に定規をあててやると,面白いように「東偏5度」の南北路があらわれた。
そして,それに沿うように,あるいは重なって,東偏5度の建物跡や堀の跡が浮かび上がってきた。

Dscn3047

昨日は遠慮して30超と書いたが,道を補った地図からはさらに10ほど見つかり,
合計40超の遺跡が見出されたのだった。
その区域は,この地図の中だけで東西600m・南北400mにもなってしまった。
(さらに北に行くと「区域A」と呼ばれる東偏の地域もあるので,
「方八丁」的大規模都市となってしまうように思われた)

さて,ここで「次の謎」が浮かんできた。

(1) 現在の「武蔵国府」は,郡衙と思われる役所(正倉が3棟)なのに,なぜ府中市東部地域に
こんな広い「方八丁」の都市が広がっているのか。

(2) もし「東偏5度」地域が方八丁の都市だとしたら,西南の端っこに郡衙や郡寺をおくだろうか。
周防の国庁の例を参考にすれば,中心部にそれらが置かれてしかるべきではないか。
(たとえば,掘立柱建物跡は出ていないが,多磨寺の北方の道路や井戸が交差する辺り等)

(3) さらに思い付きを進めると,九州王朝が武蔵の地を直轄領として治めた時が東偏5度で,
同じく九州王朝が置いた国府(ただ今,捜索中)・国府寺(武蔵国分寺の塔)の
評制の時代が南北方位だったということなのか。(細かく見ると,東偏3度のものもあるが)

(4) そう言えば,京司地区でも西半分と東半分(東偏5度のこと?)では瓦の記名の有無等,
様子が一変する。東半分は「国衙や多磨寺成立以前のものがほとんどである」
(『よみがえる古代武蔵国府』P22)とも書いている。
それ以前に東偏5度で都市づくりをする権力があったとすれば,
それはもう国家(九州王朝)ではないのか。

1つなぞが解けると,また次の謎が思い浮かぶ。
それが古代史研究の面白さであり,難しさなのか・・・。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ

関東王朝も視野に入れておいたほうが良くありませんか?老爺心です。

肥沼さんへ

 遺跡地図をよく見ると、東偏5度の街路や建物が、現在の「国府域」の西側にも多数あることがわかります。
 つまり「国衙遺跡」の北に延びる南北路の西側の地帯。
 p37の地図でもわずかに東偏の南北路が見られます。
 さらに、p41の国司の館付近にも。
 そしてp44の区画B付近にも東偏の建物がちらほら。
 また興味深いのはP45の駅家と思われる遺構の中に厩のような建物があるが、これが東偏5度っぽい。周辺にもいくつも東偏の建物がある。
 P48の区画Bのさらに西の社付近の地図でも東偏5度っぽい建物は多数存在。
 さらにP83の区画Bのさらに西方の工房地区の図の中にも、東偏の建物は多数存在する。
 つまり現在の「国衙遺跡」と東山道武蔵路・南北路や国衙遺跡の前の東西路など正方位の建物群と道路が作られる前の「府中地域」全体が、実は東偏5度で都市計画がなされていたのではないでしょうか。
 と考えると「国衙遺跡」はこの都市域のやはり中心にあり、肥沼さんが国衙遺跡の中に見つけた東偏5度の建物群はもっとも古い時代の「多摩郡衙」の可能性大です。

山田さんへ
コメントありがとうございます・

〉 「頭の片隅」に置いておくことにします。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  つまり現在の「国衙遺跡」と東山道武蔵路・南北路や国衙遺跡の前の東西路など正方位の建物群と道路が作られる前の「府中地域」全体が、実は東偏5度で都市計画がなされていたのではないでしょうか。
 と考えると「国衙遺跡」はこの都市域のやはり中心にあり、肥沼さんが国衙遺跡の中に見つけた東偏5度の建物群はもっとも古い時代の「多摩郡衙」の可能性大です。

「失いかけていた自信」を取り戻しました。(^-^;
東部地域の方が色濃く「東偏5度」の遺跡が多いが,西部地区にも少なからずある。
逆に,東部地域にも西偏7度の遺跡が少なからずあるが,
色濃く「西偏7度」の遺跡を残しているのは西部地区である。
これでまとめましょう。

肥沼さんへ
> 東部地域の方が色濃く「東偏5度」の遺跡が多いが,西部地区にも少なからずある。
逆に,東部地域にも西偏7度の遺跡が少なからずあるが,
色濃く「西偏7度」の遺跡を残しているのは西部地区である。
これでまとめましょう。

 これでどうまとめるのでしょうか。
 なぜ急いでまとめるのでしょうか。まず遺跡状況を正確につかまないと。

 第一「西偏7度」の遺跡を色濃く残しているのは西部地区なのでしょうか。
 区画B自身が西偏なのでそう思われるかもしれませんが、この区画溝は西偏5度。そして西偏の建物そのものがあまり多くはありません。
 そして西偏建物で重要なのは、
1:「国衙遺跡」のすぐ北側の南北道路の両側に、西側には四面庇の大規模な建物が。そして東側には三面庇の大規模な建物が。
 この二つの建物のそばにはそれぞれ正方形のもしかしたら正倉と思しき建物がある。さらにそばからは「多研」「目」「南曹」墨書土器が出てくるので、国衙に伴う官衙遺跡と思われる。
2:区画Bの中の西偏の大規模な掘立柱建物群。この近くからは「大目館」の墨書土器がでており、国司六等官の五番目の官僚の屋敷の可能性がある。

 つまり西偏の遺跡群の中心は、西部地区ではなく、中央部なのです。
 そして大事なことは「国衙遺跡」の中には西偏の建物がなく、ここは下層に「東偏」の建物群、そして上層に正方位の建物群がある。

 まとめてみると、
1:東偏の大型掘立柱建物群は、「国衙遺跡」の中と、東部域、特に多摩寺周辺に集まっている。東偏の掘立柱建物は東部だけではなく西部も含めた全体にある。つまり東偏建物群の中心は「国衙遺跡」と多摩寺」。
2:正方位の大型掘立柱建物群は、「国衙遺跡」と二つの「国司館」と多摩寺周辺にある。そして正方位の掘立柱建物は、この中心部以外にも東部・西部とも広がっている。
3:西偏の大型掘立柱建物群は、「国衙遺跡」の北側の南北路の周辺とその西側の区画Bにある。ここが中心。大事なことは「国衙遺跡」には西偏の建物がない。

 掘立柱建物の分布は以上のようにまとめられる。

 そして街路は
1:東偏の街路は、京所道にほぼ平行な「国衙遺跡」北側の東西道路のみ。現在の府中市街の道路には、東部域に東偏の傾向が見られるが、これが古代に遡るかどうかは定かではない。
2:正方位の街路は、至るところにある。まず西側の南北に走る東山道武蔵路。そして「国衙遺跡」から北に向かって南北に走る二本の道。そして「国衙遺跡」のすぐ北側の甲州街道と重なる東西道やその北側、区画Eから東に延びる東西道。
3:西偏の街路はまったく見つかっていない。

 肥沼さんは性急に結論を出し過ぎです。
 現在の府中の市街路がそのまま古代の道路ではありません。その下に古代道路が埋まっている可能性はあるものの、まず発掘された古代道路で都市計画を考察することが大事です。
 そして大事なのは重要な建物である掘立柱建物群の分布。 
 この中で役所とおぼしきものは大型掘立柱建物。そして役所のさらに中心とおぼしきものは、庇のついた大型掘立柱建物で、四面庇は中心的な建物。
 そして正方形のしかも総柱の建物は正倉などの倉庫。

 こうしたことを頭にいれて、先にまとめた掘立柱建物群の分布と古代道路の分布をどう読み解くか。ここが大事です。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 そして大事なのは重要な建物である掘立柱建物群の分布。 
 この中で役所とおぼしきものは大型掘立柱建物。そして役所のさらに中心とおぼしきものは、庇のついた大型掘立柱建物で、四面庇は中心的な建物。
 そして正方形のしかも総柱の建物は正倉などの倉庫。

量ではなく,質でみていくわけですね。
私はとりあえず量(グラフ化したいので)から取り掛かっていました。
西部地区のものも作りましたが,60超の西偏のものがありました。

たとえば,以下のように記号を付けて,白地図に載せてみるという方法はいかがでしょう。
古田さんが『ここに古代王朝ありき』でやったように,出土物の分布図であらわすということです。

小型の掘立柱建物・・・△
役所とおぼしきものは大型掘立柱建物・・・〇役所のさらに中心とおぼしきものは、庇のついた大型掘立柱建物で、四面庇は中心的な建物・・・◎(四面庇・三面庇)
正方形のしかも総柱の建物は正倉などの倉庫・・・□

もちろん,これだけ発掘している府中市でも100パーセント発掘したわけではないので,
完璧な分布図にはなりませんが,長い文章で説明するより,この「夢ブログ」の読者の方々にも分かりやすいと思うのです。
(一応ここは「夢ブログ」のサイトですから)

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