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2018年8月15日 (水)

もう「多磨郡衙」は発掘されているのではないか?(5)

やはり「神様の名前を確かめてみたい」という気持ちがふくらみ,
昨日また府中のTさんのお宅を訪問した。

Dscn3050

「神様の名前はわかりません。
祖父の代に引っ越して来たらしく,その時にも社はもちろんありました。
ゆるやかなスロープになっていましたが,周りの石はその後積んだと思います。
子どもの頃周りで遊びました。
古くなったので社も鳥居も新しくしましたが,方位だけは昔のままです。
隣りのKさんのお宅にも通り沿いに社があるので訪ねてみたらいかがですか」

と30~40代の男性は話してくれた。
なんと東京の中学理科の先生で仮説実験授業もご存じだった。(あまり縁がないそうだが)
「また何か聞きたいことがあったら,お邪魔させて下さい」と言い残し,Kさんのお宅へ向かった。
学校の先生なら日程がつかみやすい。神様の名前がわからなかったのは残念だったが。
(ミニ情報を後述)
また,お宅の敷地内も発掘され,竪穴住居が2棟(0135次?)出ているとのこと。

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続いて,少し離れたKさんのお宅を訪問した。かなりの土地をお持ちで,アパートなどもありそう。
京司通り(裏通り)に並行して2つの社が横並びになっているのを確認して,ブザーを鳴らした。
70代くらいの男性が出て来て,質問に答えてくれた。

「神様は,天照大神と豊受神が中心で,その他たくさんの神様です。
この辺りは,社僧(神仏習合のため,神社で僧が修行したりした)が多かったが,
明治維新の廃仏毀釈で僧が追い出されたようです。うちは出雲系だと聞いています」とのこと。

Kさんにお礼を言って帰る道すがら,興味深いことに気が付いた。
2軒のお宅とも京司通りの裏道に,同じ方位に社を設けているのだが,
Kさんの社は東から西(「武蔵国府」方面)へ拝み,Tさんの社は西から東(多磨寺方面)に拝むようになる。
つまり,Tさんは大國魂神社の方角にお尻を向けることになる訳だ。
神様に対して「〇〇罪」と.いうのがあるかどうか知らないが,ちょっと気になる「正反対」であった。

大國魂神社・「武蔵国府」方面  Tさん → 鳥居 社 (正反対の向き) 社 鳥居 ← Kさん 多磨寺方面

Dscn3059

Dscn3061

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大國魂神社の祭神

https://ja.wikipedia.org/wiki/大國魂神社#祭神

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