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2018年8月 5日 (日)

広島の「水害碑」

つらい経験をした人たちは,それを未来に伝えようとして,
口で語ったり,本に書いたり,石碑を建てたりする。

昨日テレビで,広島の「水害碑」のニュース番組を観た。
高校の若い社会科の先生が広島各地を取材して,
明治の頃の洪水碑の存在を記録し,
それをもとにしたパンフレットがようやくできるかという時に
今回の「平成の洪水」は起きてしまった。

せっかくの被害を伝えた「水害碑」は流暢(りゅうちょう)な漢文調で書かれていて,
現代の私たちにはその内容が読み取れなかった。
また,石碑が高度経済成長の道路拡張工事のために,
被害の大きかった地域から移築されたりしていた。

かけがえのない多くの命を奪った洪水の教訓を
未来に伝えることは,そう簡単なことではない。
そして,「災害は忘れた頃にやってくる」。

広島の「水害碑」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180805-00000005-asahi-soci

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教育」カテゴリの記事

コメント

 明治までの日本人の教養のある人はみな漢文を読み書きできた。詩文の研究者によると、英語の詩が日本に入ってきたとき、最初は漢詩に翻訳されて新聞などに掲載され、漢詩が新聞に掲載される状況は大正時代までは確認できるという。
 近年明らかになったことだが、明治の文豪夏目漱石は俳人であることでもよく知られるが、彼自身の想いをもっともよく表現できた手段は漢詩であり、彼の漢詩を読むとその心情がよく理解できるとの研究本も近年刊行された。
 私の母方の曾祖父・松本晩翠(右馬丞勝基)は、天保年間に生を受け越前府中2万石の小大名の首席家老を務め、明治になってからは郡長として務めた人物だが、彼は毎日詳細な業務日誌をつけていたが、そこには自分の想いは記されず、彼の想いは、およそ1000首に上る漢詩に表現され、生前に幾冊かの手書きの漢詩集に編纂されて現代に伝えられている。彼の長男の松本源太郎は明治初年にはまだ6才であり、築地や大阪の英学校を出て、そのご大学予備門を経て東京大学哲学科を卒業し、以後は旧制高校の英語教師(一高・五高・山口高)を務めた人物だが、詳細な日記はあれど、ここには自身の想いは記さず、彼も漢詩にその思いを託していた。日記に二か所漢詩が記されているが、それは27才で結婚した際に妻をつれて新婚旅行の途中、神奈川宿の宿で見た満月の美しさを詠ったものと、50代で大腸がんを見つけてその手術の前夜に死を覚悟しての詩であった。
 しかし源太郎の12才年下で明治6年に生を受けた松本均(母方の祖父)は、彼は漢詩の素養はほとんどなく、いくつかの俳句が残されているだけである。彼が学んだのは学制によって定められた小学校・中学校・高等学校であり、彼が東京大学理科に入学した明治27年には東大でも授業の講義が英語から日本語に代わった時代であった。
 彼は夏目漱石とのわずか6年のちの生まれだが、漱石は幼少時から漢文で教養を積んだが、純粋に明治生まれで、しかも身分制が廃止され学制発布後の近代教育ではぐくまれた均は、漢文で教養を積むことがなかったのであろう。
 こうして江戸末生まれの人が活動していた時代、明治末から大正初めまではまだ漢文を読み書きできる人がかなりおり、それは元武士階級なので行政官には多かった。このため水害碑などを建てる際にも、こうした知識人が文を書くので必然的に漢文であったのだろう。
 だが以後は漢文の素養のある人はどんどんいなくなり、漢文読み下し文体の日本語が主流となり、漢文は読めてもかけない人が大部分となり、敗戦後は漢文教育は初等中等教育からは排除されたので、人々は漢文を読めなくなったのだ。
 おそらく高校で漢文が必修だったのは、私の世代が最後ではなかろうか。
 現代では漢文のみならず古典すら高校の必修科目ではないので、明治の漢文読み下し文体の小説すら読み取れない世代が大多数である。
 水害などの災害の教訓を継承するだけではなく、日本人の古来の文化を継承することが、漢文や古文を必修科目としなくなったことで困難となっている。
 広島の水害碑の問題はこうした文化継承困難の状況の一旦です。

 広島県の災害碑の史料と研究論文が二つありました。
https://home.hiroshima-u.ac.jp/museum/siryou-data/kennkyuuhoukoku8/08huzimoto.pdf

https://home.hiroshima-u.ac.jp/museum/siryou-data/kennkyuuhoukoku9/08kumahara.pdf

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

私は古文・漢文は好きな方だったので,
選択も取ったと思うのですが,
明治までの教養と比べれば,
何もやっていないに等しいのかもしれませんね。

ニッポ二カ「漢文教育」

https://kotobank.jp/word/漢文教育-1521081

肥沼さんへ
 明治初年までの藩校における学校教育の教材のすべて漢文による和漢の詩文でしたから、読み書きできなければ何も学べない状況でした。だから皆必死で学んだ。
 そして記録の多くも漢文で書かれたので、古代から明治の末ごろまでの歴史を研究する際の基本史料の多くも漢文です。 
 知人で幕末日英外交史を史学科で教えている人に聞くと、最近の学生の多くはまったく漢文が読めず、漢文読み下し文でも理解できないので、ここから再教育せざるをえない。英語はそこそこできるのにということでした。
 1969年に大学に入った私の場合では高校でも漢文は必修でしたし、東洋史専攻でしたので専門学科では漢文の史料を読むことから入りました。玄奘三蔵の大唐西域記を原文で二年間読みました。使うのは漢和辞典だけ。でも読むことはできても書くことはできません。
 広島県の災害碑の集成を読むと、昭和の10年代以前はすべて漢文で、災害の状況が詳しく書かれ、後世に教訓を伝えようとしていた。でも10年代からちらほらと漢文読み下し文となり、さらに戦後は完全に漢字ひらがな交じりの現代文となり、そして内容も○○の災害があったことと日時のみ。災害状況は詳しく記されていないので、災害を後世に伝えようとの意識は戦後には失われていたと研究した人は結論づけていました。
 なんと日本の戦後は、民族の歴史と文化を継承する手段である漢文や古文を軽視して教育課程から排除しただけではなく、「歴史に学ぶ」という姿勢すら捨てていたのですね。途中民族文化を大事にする人々から批判があって漢文古文教育は復活したりまた削除されたりの繰り返しですが、災害状況を石碑にして後世に残そうという姿勢は復活せず、「歴史を軽視する」姿勢はそのままになっていた。
 「新しい歴史教科書をつくる会」が跋扈し、安倍政権のもとでこうした史実ではなく物語だけを重視する傾向が強まるとともに、もともと影のうすかった「歴史に学ぶ」姿勢がほとんど欠如していたことが、東北での大津波や原発事故、そして多発する自然災害が明らかにしています。
 明治維新を革命と言い募って、実は大政奉還による国民的結集の新体制を平和裏に実現する合意ができていたのを、王政復古の大号令という軍事クーデタでひっくり返して、暴力的に幕藩体制を壊した事実を「革命」の名で覆い隠した。この嘘がいまだにNHK大河ドラマで再生産されていることに、「歴史に学ばない」姿勢の再生産がされていることがよく見てとれます。
 この明治維新・革命という嘘、そしてこれによってできた神権天皇の統治する神国日本という嘘がまかり通ったことが、古田さんの史料に依拠して歴史の実像を明らかにしようとする歴史学を学会がこぞって拒否する淵源があります。
 災害碑の話からだいぶそれましたが、実は両者に等しく通底する「歴史軽視」の傾向は、歴史の偽造が明治新体制の発足を彩っていたことに起因することを忘れてはいけないと思います。
 今年を「明治150年」として祝おうとする安倍政権と、「戊辰150年」として明治体制を問い直そうとする傾向とが今対立しています。NHKの番組では大河ドラマが明治を賛美して革命家西郷を前に押し出しているのに対して、BSプレミアムで戊辰150年の敗者の歴史を新日本紀行が連続して取り上げたことに、この状況が反映されています。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  今年を「明治150年」として祝おうとする安倍政権と、「戊辰150年」として明治体制を問い直そうとする傾向とが今対立しています。NHKの番組では大河ドラマが明治を賛美して革命家西郷を前に押し出しているのに対して、BSプレミアムで戊辰150年の敗者の歴史を新日本紀行が連続して取り上げたことに、この状況が反映されています。

「西郷どん」大人気の裏には,そういう事情があるのですね。
(私は両番組とも観ていないので,その内容はほとんどわかりませんが)
前に地域散策の会(東山道武蔵路を含む)に参加した際に感じた,
「人生では,二度〈一元史観の日本歴史〉を刷り込まれる」というのと,
同じようなことかもしれませんね。

読者の方々へ

川瀬さんが「明治維新を革命と言い募って、実は大政奉還による国民的結集の新体制を平和裏に実現する合意ができていたのを、王政復古の大号令という軍事クーデタでひっくり返して、暴力的に幕藩体制を壊した事実を「革命」の名で覆い隠した。」と適切に総括された“明治維新”については、原田伊織著『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト〔完全増補版〕』(講談社、講談社文庫(は)112、2017年6月15日第1刷、ISBN 978-4-06-293683-5)をおすすめします。

“明治維新”から間違いは始まっていたのです。

肥沼さんへ
 歴史の嘘ついでに、もういくつか申し上げましょう。
 「大東亜戦争」をすべて軍部の暴走に帰して責任を転嫁し、その軍部と結託して勢力を伸ばそうとした政治勢力が多数あった事実を覆い隠した、歴史の嘘。右の立憲政友会が軍部と結託したし、左派の社会大衆党も軍部の「革新力」に期待して軍部と結託した。その左右のはざまで揺れたのが中道派の民政党。
 だから東京裁判で戦犯として軍人だけではない政治家も処罰された。
 もっとも東京裁判自身が嘘だ。
 日米開戦の過程をつぶさに見てみれば、双方に責任がある。
 日本が中国に手を出して植民地化を図れば自由貿易派のアメリカと激突して負けるぐらいのことは、明治からわかっていた。なのに第一次世界大戦によるアジアの力の空白を利用した大隈内閣による中国侵略の開始(21箇条要求)以後、何度となく大陸侵略を試み、果ては日本が中国・東南アジアを手中に収めればアメリカも妥協するとの甘い見通しで戦争を拡大した日本の為政者。一方でアメリカは明治以来日米戦争に備えて海軍を増強し、フランクリン・ルーズベルトは断固中国からの日本軍の全面撤退以外の妥協はないことを示し(ハルノート)、むしろ日本を経済制裁で戦争に追い込んで行った。
 双方に責任があることを明示せず、一方だけ断罪した東京裁判の嘘。アメリカなどには日本を裁く権利はないとして日本無罪を主張したインドの判事さんがいましたね。
 東京裁判も大嘘。
 そしてサンフランシスコ平和条約で日本が独立したというのも嘘。
 同時にむすばれた日米安全保障条約で日本は事実上アメリカの属国に。日本に主権があるのならば、アメリカ軍の起こした犯罪や事故をどうして日本の法律で裁けないのか。なぜアメリカ軍の駐留費を日本が負担しなければいけないのか。そして軍事だけではなくなぜ通商政策までアメリカと協議しなければいけないのか。
 近現代史は嘘ばかりです。
 だから歴史を無視し、歴史に学ばない体制ができてしまったのですね。
 明治までの日本人は歴史に学んでいた。藩校の教科書は和漢の歴史書ですから。でも明治以後の学校で教えられた国史は、嘘の固まり。明治政府自身が正統性がない。薩長政府は民に支持されていない。衆議院で多数の議席を得て内閣を組織したのは原敬の立憲政友会内閣が初めてだが、これだって憲法に衆議院で多数の議席を得た政党が内閣を組織するとの規定がなくて、総理大臣を事実上指名できる元老が原を推薦したからにすぎない。以後続いた政党内閣もすべて憲法上の規定に基づいたのではなく、元老が趨勢を追認したに過ぎない。
 だから選挙結果を無視して内閣をつくることもできるし、軍事クーデタで政権をひっくり返すことも当たり前のように挙行される。
 学校で教えられた南朝正統論に示されるように、戦前の学校で教えられた歴史は政権に都合のよい物語にすぎない。
 こうして歴史を軽視する無視傾向が多数を占めたのです。
 戦後はこの反省に基づき科学的な実証主義的な歴史学が主流となりましたが、十分にこれらの歴史の嘘を暴いたわけではない。戦前の体制の歴史の嘘を暴くことを阻止しようとする勢力が歴史学会でも多数を占める。
 そしてまたぞろ、日本が韓国中国に経済的に負けたことをきっかけとして生まれた民族主義政権の下で、学校で教えられる歴史は、政権にとって都合の良い物語だけにさせられようとしています。南京での虐殺も、沖縄戦での住民無視も、全部なかったことにされようとしている。

 東北の大地震大津波も2000年には予測されていたが対策は先送りされた。この大津波の予測で福島などの太平洋側の原発が危ないことも予測されたが対策は先送りされた。最近続く自然災害も、ずいぶん前から予測され、川の付け替えや大規模な堤防や砂防ダム工事の必要性が認識されていたが、県や市町村には大規模工事を単独で行える財政基盤がなく、国の承認と補助金が出ないと工事もできない。税の多くが国税とされて中央に吸収される明治以来の税制がそのままだから。だから自然災害を防ぐための対策は先送りされていた。
 これらの予測された自然災害の対策が先送りされた事実とその原因も押し隠されている。
 今も日々嘘が塗り重ねられているのです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

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