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2018年8月18日 (土)

『古代官衙』

江口桂編著,ニューサイエンス社刊,3500円+税の
上記の本を入手した。

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阿部義平著の『考古学ライブラリー50 官衙』(1989)出版後の研究を補う形で,
本書が4年前に出されたようだ。8人で書き,江口さんが編集している。

もちろん「国府城追求の試みー武蔵国府に見る都市型調査の実践」という章ががあるが,
それは同じ府中市役所の荒井健治さんが書き,江口さんが全体を編集している形である。
(江口さんが書かれているのは,「はじめに」「Ⅰ古代官衙の研究」「Ⅲー4国府」「あとがき」)

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この2枚の図で表されていることと,府中市の東部の「東偏5度の街並み(多磨寺を含む)」が,
多元的にみれば矛盾しない結論を導き出せるのに,大変残念である。
「↗東偏5度の街並み(多磨寺)を含むには,やはり↗東偏5度の役所がよく似合う」のである。
しかし,それは正倉3棟という規模からみても国府(国庁)ではありえず,
「郡衙」さらに正確に言うなら九州王朝系の「評衙」てあると感じる。
(只今,川瀬さんと「真の武蔵国庁」を捜索中である。もしかしたら,府中刑務所の地下かもしれないが)

九州王朝は,6~7世紀にかけて,まず東偏5度の寺院や街づくり始め,
条里制を敷き,国府や国府寺(僧尼の二寺)を置き,
政治的・宗教的に大陸の隋に対抗すべく準備を進めたようである。
しかし,その中心者・阿毎多利思比孤(あまのたりしひこ)は無視され,
「大和の聖徳太子が隋の皇帝へ出した」と言われているのが,
例の「日出処天子」 → 「日没処天子」への手紙なのである。
このような国家建設事業の背景があるからこそ,あの手紙には実質が伴う。
(これまでのものは,「空威張り」的な解釈でしかなかったような気がする)

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