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2018年8月31日 (金)

洛陽城の方位軸は?

川瀬さんからのリクエスト(洛陽城)にお応えして,
洛陽市の地図&航空写真を検索してみました。
便利な時代になったものですね。

洛陽市の地図&航空写真

http://www.togenkyo.net/modules/area/302.html


今の洛陽市だけでなく,老城区というのにも注目してみました。
歴史がありそうだし,堀が廻っていたからです。(城壁もあるかも)

すると,両者の南北軸が期せずして西偏5度くらいに見えました。
川瀬さん,皆さん,この見立ていかがでしょうか?
中国では,これまでお目に掛からなかった西偏ですが・・・。

PS もう1つ絵の地図ですが・・・。

Photo


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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 やみくもに洛陽で検索しないで、「洛陽城」の歴史を調べてからにしましょう。

 コトバングでブリタニカ国際百科事典にこう書いてありました。
 洛陽遺跡
らくよういせき
Luo-yang

中国河南省洛陽市付近に存在する各時代の都城址。周の王城は現在の洛陽市の西郊,澗河の東岸に位置し,東西南北各城壁の長さは約 3000mあったと考えられている。漢,魏の洛陽城は現在の洛陽市の東方,金村と洛河の間に存在し,城は南北に長い長方形で,南北約 3800m,東西約 2200mが計測されている。また,この漢・魏洛陽城は東周の都の成周城の跡に造営されているとする一説があり,一方,王城の跡には漢の河南県城があったといわれる。隋,唐の洛陽城は今日の洛陽市から南に延び,外郭城の周囲は約 27.5kmある。解放後の調査で,南壁の定鼎門,長夏門,厚載門,東壁の建春門などの位置が明らかになっているほか,皇城,宮城,含嘉倉の調査も行われている。

 つまり周の時代の洛陽城は、現在の洛陽市の西郊,澗河の東岸に位置。地図でみるとそこに「王城公園」というのがありますね。肥沼さんが示した下の図の一番西。
 漢,魏の洛陽城は現在の洛陽市の東方,金村と洛河の間に存在。
 肥沼さんが示した下の地図の東の方の河の北側。白馬寺の東の遺跡。

 そして隋,唐の洛陽城は今日の洛陽市から南に延び。
 つまり現在の洛陽市と隋唐の洛陽城は重なっておりさらに南に広がっていたということ。洛陽市の南部に遺跡公園あり。肥沼さんが示した下の地図の中央。その上の地図はその街路の図ですね。

 じっくり復元図をさがしてください。
 洛陽市の老城区は古代の都城の一部でしょうね。どの時代のものかわかりませんが。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

重層遺跡はなかなか大変ですね。

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