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2018年8月27日 (月)

「SIの8」を工房と認定していた!

昨日は月曜日で公立図書館が休みというズッコケもあったが,
本多図書館(国分寺市の中央図書館)の位置もわかったし,
上記の事実も判明した。
これは「図書館が休みだったゆえに」そうなったということなので,
気が付かなかったらいつまでもそう思ってしまっていたと思うので,
早く気が付けてよかった。(川瀬さんには,ごめいわくをかけたが)

では,先日武蔵国分寺跡資料館でもらっていたが,
今日まで読んでいなかった記事を写真で載せますね。

Dscn3243

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PS 明日は,再び『Ⅴ』の残りと『18』を頑張ってきます。
なにしろ,「掘立柱建物の嵐」ですからね。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ
 資料の掲載ありがとうございます。
 資料の上部に「大衆院」候補地の発掘状況が記されていますが、そこに注目すべき二つの新たな事実があります。
 この場所は、私たちが創建伽藍と考えた地域のすぐ北側であることを頭の隅に置いて考えてみてください。
1:この地域に正方位(に近い)の掘立柱建物が複数存在する。
 その一つが南北20mという大規模なもの。
 この建物付近から円面硯が出土しているから大衆院だとすいてされた。
 図をみると塔2とほぼ同じ方位だから、東に2度ほど東偏していると思われます。
 ということは、創建時の建物ではないでしょう。

 もっと大事なことが。
2:この地域の西側に「礎石建物の掘り込み地業」跡が見つかった。
 図の位置から道路を掘った範囲で出てきたものなので、この東側にまだ続きがあると思われる。
 この位置は私たちの想定創建伽藍でいえば、講堂の北で、およそ僧坊と思われる位置にある。つまりこの掘り込み地業跡は、東西に長い僧坊の一番西側が出土したと考えることができるわけです。

 この塔の北の部分の発掘状況も興味深いです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 図をみると塔2とほぼ同じ方位だから、東に2度ほど東偏していると思われます。
ということは、創建時の建物ではないでしょう。

「東偏2度」って,東山道武蔵路の方位ではなかったですか!?

〉 この位置は私たちの想定創建伽藍でいえば、講堂の北で、およそ僧坊と思われる位置にある。つまりこの掘り込み地業跡は、東西に長い僧坊の一番西側が出土したと考えることができるわけです。

そうですか。もう少し東を掘ってほしいところですね。

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