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2018年8月 1日 (水)

京都や横浜も原爆投下の有力候補地だった-東京湾や川崎もリストアップされていた

広島県呉市が舞台の「こんな世界の片隅に」が上映されているが,
原爆投下の候補は,広島市以外にもたくさんあったようだ。
もしかしたら,私の街にも・・・。
そういう視点から原爆を考えてみると,とても「他人事」ではなくなるだろう。
ネット記事をリンクしてみた。

京都や横浜も原爆投下の有力候補地だった-東京湾や川崎もリストアップされていた

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/京都や横浜も原爆投下の有力候補地だった-東京湾や川崎もリストアップされていた/ar-BBLkHUD?ocid=spartandhp#page=2

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コメント

肥沼さんへ
 このブログに書いてあることの続きです。
 戦争が終わった8月15日にはすでに、原爆投下機が集結していたテニアン島には3発目の原爆がすでに完成して移送されて、原爆投下機に搭載済であった。投下の第一目標は京都であった。
 もし二発の原爆で日本が降伏しなければ、ダメ押しとして京都が狙われていた。
 その狙いは、1000年の都であり日本民族の精神的文化的な支柱である京都。これを徹底的に破壊することで、日本人を二度と立ち直れないようにすること。
 ドイツの古都であったドレスデン空爆と同じ論理です。
 実は数ある候補地の中で最初から最後まで最有力な都市は先の理由から京都であったのです。
 ということが、書名を忘れましたがすでに研究書として出版されています。
 いや、その本を見つけました。
『日本の古都はなぜ空襲を免れたか』吉田守男著朝日文庫。2002年刊。初版は1995年角川書店刊。
 ご一読あれ。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 『日本の古都はなぜ空襲を免れたか』吉田守男著朝日文庫。2002年刊。初版は1995年角川書店刊。

ぜひ読んでみたいと思います。

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