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2018年7月26日 (木)

「西府」という地名

JR西府(にしふ)という駅が南武線である。
あまり気にせずいたが,これは「国府の西」の方にある「府」という意味だと思う。
東の方には本来の国府があったが,仕事が増えたか,機能しなくなって,
西の方にも「府」を設けたという感じがする。

その駅はそのままの名だが「西府町」にあって,
南北を新府中街道(昔の何道?)が通り,東西が甲州街道の交差するところだがら,
「栄えるな」という方が無理なくらいの立地なのである。

そして,その西府駅からあるいて7分の西府町の道路の交差に府中熊野神社だ。
その古墳は上円下方墳という皇室に関係ありそうな造り、しかも国内最大。
さらにその古墳は7度西偏ということで,武蔵国分寺の主要伽藍の7度西偏とくる。
誰が国分寺の主要伽藍を立てたか,
その一致が教えてくれているように思うのだがいかがだろうか。

昨日の府中の3時代によれば,(3)に入る。
白村江の戦いで九州王朝が滅び,その屯倉的な土地だった武蔵国の運命は・・・。
「武蔵国の地元の支配は,お前に任せるぞ」と
大和政権に言われているような形の古墳の形状だ。

武蔵府中熊野神社古墳

https://ja.wikipedia.org/wiki/武蔵府中熊野神社古墳

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 「西府」の地名は中世由来の地名。「府中の西」という意味です。
 大国魂神社周辺に国府機能が集まってきてここが府中と呼ばれるようになります。鎌倉から室町時代の話。この府中からみて西の地です。
 この「西府」のすぐ東側の地名が「本宿」。後北条氏の時代にはここに甲州街道の宿場が置かれたようですから隣の村もこれで栄えたはず。そこで東の宿場である府中に対して西府となったのでは。
 「府中市西府 地名の由来」で検索してみるとわかります。

 わが先祖の松本家の故郷越前府中。この地の北側の村が北国街道の宿場となって栄えたとき、府中の北側の宿場なので「北府」と名付けられました。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

中世由来の地名とは,数百年も離れてしまいました。
あちゃー。

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