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2018年7月18日 (水)

「東大寺」もなかった!(3)

ウィキペディア「東大寺の歴史」をもとに,
平安末期と江戸中期の大仏と大仏殿に掛かった年数を計算してみた。

(1) 平安末期の再建

大仏・・・1181~1186年【6年間】
大仏殿・・・1186~1195年【10年間】 ここまでだと,16年間

さらに,南大門・・・1195~1203年【8年間】
「七重塔」・・・1204~1213年【10年間】 全部足すと,34年間
(奈良時代には、南大門や「七重塔」がないとすするなら16年間ということになる)

(2) 規模を縮小しての江戸時代の再建

大仏・・・1686~1691年【5年間】
大仏殿・・・1692~1704年【14年間】 これだけで,19年間

※ 奈良時代の「創建期」の場合,急ピッチで進められたこともあって,
開眼供養後の作業はかなりペースダウンしたと聞いたことがあるが,
それにしても本来16年や19年掛かる作業を
10年足らず(1.5~2倍のスピード)でやることは不可能だと思う。

ウィキペディア「東大寺の歴史」

https://ja.wikipedia.org/wiki/東大寺の歴史

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ

天平十七年(745)八月二十三日、平城京で大仏工事(たぶん塑像の骨組みつくり)をはじめています。

天平勝寶一歳(元年749)播磨国から大仏殿用柱五十本を伐り出す。

天平勝寶二歳(750)八月頃、二千二百人で大仏殿の柱の礎石をつくる。

天平勝寶三歳(751)九月、両脇侍(観音・虚空蔵菩薩)像完成。大仏用仮設足場撤去。

天平勝寶四歳(752)閏三月二十三日、西塔院が完成しています。
(つまり東塔院は既に完成していた(塔は東が基本なので)、以後東塔院の完成記事なし)

同年(752)四月九日、大仏開眼供養会開催。

天平宝字元年(757)五月二日、聖武太上天皇周忌齋会開催、大仏と大仏殿院が完成。


以上から、
大仏殿は柱を伐り出して(749)から完成(757)まで、足掛け9年間ということになります。
組み立ては、大仏用仮設足場撤去(751)から完成(757)まで、足掛け7年間ということになります。

七重塔は、大仏工事開始(745)からとすると、西塔院完成(752)まで、足掛け8年間ということになります。

この期間が「短すぎる」か、については私にもわかりませんが、不可能だとはいえないと感じました。
詳細な設計図があれば工程の工夫で工事期間はかなり短縮できる可能性があります(材料・労力は充分にあると仮定)。水を差しているわけではありません。ご参考まで。
なお、柱材の乾燥期間は三年間あれば十分なのかということが気になりました(不充分だという判断ではありません。専門ではないので知らないという意味です。)。


【訂正】
天平勝寶をつい〇歳と書きましたが、これは七年以降のことですので、間違っていましたので訂正いたします。

肥沼さんへ

 山田さんが続日本紀を詳細に見てくれましたね。
 これでわかることは、大仏鋳造と大仏殿造立が並行して行われていること。そして塔も同時並行に行われていることです。
 大仏がある程度できてきたら大仏殿の基礎工事を進めて柱石を置く・・・というような具合に。
 そうすると柱の伐採から完成まで足かけ9年。平安末期の再建事業とほぼ同じ期間です。
 大仏本体の鋳造期間ですが、再建時には露盤や胴体はまだ健在。鋳造し直したのは、両手と頭です。同じように江戸時代の再再建期でも鋳造したのは頭と手です。胴体は焼けただれていたとはいえまだ残っていました。
 あと期間で考えないといけないのは、江戸期は幕府が財政難で費用をあまりかけることができなかったということ。そして平安末期の再建期も国家は衰微しているので単独で費用を集めることができず、諸豪族や一般人にまで喜捨を頼んで実現している。
 こうした条件を考え併せてみれば、奈良時代の創建期と平安末の再建期における大仏鋳造と大仏殿造立とはほぼ同じ時間がかかっていると見ることができます。そして伽藍全体で見れば、奈良時代は同時並行で伽藍を作ることができたので、のちの時代の半分ほどの時間で完成しているとみて良いと思います。

木材の乾燥期間について

 以前、「古田史学の継承のために」で「難波宮水利施設」での議論で木材の乾燥についてしらべたことがあります。
 http://kawa-k.vis.ne.jp/kiroku14.pdf
 ここに結論だけ書いてあります。乾燥期間は昔の方法の再現で26か月かかったと。2017年5月7日の議論。
 いくつかサイトを挙げておきます。

●http://www.homarewood.co.jp/lumbermill-document-9.htm

吉野中央木材のサイト

含水率:立木は150%。
 ここから20%に落とす。

天然乾燥は乾燥にかかる時間が長く、平均して半年から一年くらいが目安となります。断面の大きな材は2年も3年も必要なものもあります。

●https://kino-ie.net/interview_221.html

木材の水中乾燥法に取り組む大工


山で切ってから冬場で2~3か月放置して乾かす。
それから製材
その後自然乾燥

昔は貯木場で一定期間水につけてから製材して自然乾燥した。

四か月水中乾燥してから丸太のまま自然乾燥。その後製材してまた自然乾燥。
この方法を試している。

川瀬さんへ

木材の乾燥期間のご教示、ありがとうございます。

山田さんへ

 東大寺の大仏・大仏殿などの建設過程の詳しい提示ありがとうございます。
 ところでこれほどの詳しい記事は一体どこにあるのでしょうか。ご教示ください。
 東大寺要録でしょうか?「続日本紀」だけではこれほど詳しい建設過程はわかりませんね。

山田さんへ 
詳しい製造過程についての説明ありがとうございます。
川瀬さんも書いておられましたが,「続日本紀」以外の資料をご教示下さい。
アマゾンに注文した『奈良の大仏』という絵入りの本で,膨らませようと思っていたら,
(完成してからも,変形したり傾いたり,裏山で支えたりしたという記録が出ていたので)
あっという間にお二人のコメントが続いてしまいました。


川瀬さんへ
乾燥課程についてのコメントありがとうございます。
この「なかった!」のシリーズは,ゆっくり調べながら膨らませようと思っていたら,
あっという間に矢継ぎ早にコメントをいただいてしまいました。
日本一速い(世界一速い?)研究所です。

川瀬さんへ

出典を明らかにせず申し訳ありませんでした。
香取忠彦著『新装版 奈良の大仏 世界最大の鋳造物』(草思社、2010年3月5日、ISBN978-4-7942-175-3)のP.86,87にある「奈良の大仏の歴史」という年表によっています。
この年表は同書「解説」P.93に次のようにあります。
………………………………………………………
 この本では、天平時代の歴史には詳しくふれられませんでしたが、大仏がどのような過程をへて完成したかを、『続日本紀』『東大寺要録』『七大寺巡礼私記』や、残された古文書の記録によって整理し、考えてみました。平城京に都が移ってからの大仏鋳造の過程は、『続日本紀』にはみられませんが、『東大寺要録』などによって知ることができます。〔後略〕
………………………………………………………
ということですので、『東大寺要録』が主な出所だと考えます。これは偽書だという意見もあるようですが、これ以外に東大寺の歴史を記録した文書に基づいた年表を見つけることができませんでした。あれば教えていただければありがたく存じます。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 香取忠彦著『新装版 奈良の大仏 世界最大の鋳造物』(草思社、2010年3月5日、ISBN978-4-7942-175-3)のP.86,87にある「奈良の大仏の歴史」という年表によっています。

やはりそうでしたか。もしかしたらその本ではないかと思っていました。

〉 アマゾンに注文した『奈良の大仏』という絵入りの本で,膨らませようと思っていたら,
(完成してからも,変形したり傾いたり,裏山で支えたりしたという記録が出ていたので)
あっという間にお二人のコメントが続いてしまいました。

買おうかどうか迷ったのですが,その日はほかに何冊も本を買っていたので,
「アマゾンで注文しよう!」ということになりました。(それが,明日届く本です)
子供向けなんて言っていられない,情報がたくさん詰まった本ですよね。もちろん絵入りで。

肥さんへ

>子供向けなんて言っていられない,情報がたくさん詰まった本ですよね。もちろん絵入りで。

もちろんそうです。漢字にルビがふってあり、難しい熟語は避けているシリーズですが、内容は専門家によるもので子供向けの本にありがちな「簡略化」はしていません。

私は『奈良の大仏』以外に次のもの良く読んでいます。

西岡常一・宮上茂隆共著『法隆寺 世界最古の木造建築』(草思社、1980年10月25日、ISB978-4-7942-0114-1)
この本は「法隆寺の高欄文様は『卍崩し』ではなかった」のとき、引用した記憶があります。

宮本長二郎著『【新装版】 平城京 古代の都市計画と建築』(草思社、2010年3月5日、ISB978-4-7942-1750-9)
こちらは、「条坊制」の知識と古建築の知識をともに得ることができます。ただし、「藤原京」を「条坊制」をとりいれたわが国で最初の都城とするなど、「太宰府」を無視した「一元史観」で凝り固まっていることに留意する必要があります。

山田さんへ
 出典のご教示ありがとうございます。
 草思社のあの本はとても良い本なので(シリーズです)、担当していた図書室にはすべて複数冊入れていました。大仏の本も見てはいたのですが、詳しい年表がついていたのは気が付きませんでした。
 東大寺要録はネットで見られますし、テキスト版もネット上にあります。
 ざっと読んでみましたが、これは平安時代の当時に手に入る様々な史料を集成して、東大寺の歴史として編んだものですね。
 後世のものですが、たしかにこれ以上詳しい資料は存在しないと思います。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 私は『奈良の大仏』以外に次のもの良く読んでいます。

西岡常一・宮上茂隆共著『法隆寺 世界最古の木造建築』(草思社、1980年10月25日、ISB978-4-7942-0114-1)
この本は「法隆寺の高欄文様は『卍崩し』ではなかった」のとき、引用した記憶があります。

宮本長二郎著『【新装版】 平城京 古代の都市計画と建築』(草思社、2010年3月5日、ISB978-4-7942-1750-9)
こちらは、「条坊制」の知識と古建築の知識をともに得ることができます。ただし、「藤原京」を「条坊制」をとりいれたわが国で最初の都城とするなど、「太宰府」を無視した「一元史観」で凝り固まっていることに留意する必要があります。

山田さんもお持ちなのでしたら,私も「買い」ですね。
ただ,この暑さの中でかけると熱中症になってしまいそうなので,
アマゾンのお兄さんには申し訳ないが利用させていただきます。m●m

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