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2018年5月 6日 (日)

いくつかの発掘調査

昨日の高崎サークルに向かう際,
観音山古墳と道路をはさんで発掘が行われていると
タクシーの運転手さんが言っていた。

それはまだ名前がわからないのだが,
同じ群馬県(上野国)の国分尼寺が発掘が行われているようで,
それをリンクしておきたい。

上野国分尼寺跡確認調査 平成28年度

www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2017062000013/files/shiryo28.pdf#search
=%27%E9%AB%98%E5%B4%8E%E5%B8%82+%E7%99%BA%E6%8E%98%E8%AA%BF%E6%9F%BB%27

もう1つ,宮城県多賀時様跡の発掘です。
昨年の夏に私もここを訪問して,歩き回りました。

宮城県多賀城跡 平成二十九年度

www.thm.pref.miyagi.jp/kenkyusyo/custom62.html

所沢市埋蔵文化財調査報告書

www.city.tokorozawa.saitama.jp/iitokoro/enjoy/bunkakyoyo/bunkazai/maibunhoukokusyo2017.html

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ
リンクありがとうございます。

上野国分尼寺建物配置想像図について
たぶん誤っていると思います。

塔があるなしに関わらず、南大門と中門がこれほど近接しているとしているのに、
回廊が金堂両妻に取り付く伽藍配置であると想像しています。

「古式伽藍配置」と最新式の「国分寺式伽藍配置」のキメラの想像図です。
いずれおかしいことが明らかになるでしょう(私の勝手な予言です)。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

僧寺は何回か行っているが,
尼寺は行ったことがなかったので,
ちょっと載せておこうと思いリンクしました。
反応いただいてうれしいです。

 上野国分尼寺の発掘報告書。
 丸軒瓦を見ると、単弁蓮華文ですね。明らかに子葉が描かれています。ただすごくシンプルな文様です。初期のものでしょうね。
 

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

念のために上野国分寺の軒丸瓦の写真も,
一枚だけありました。
別項にリンクしておきました。
(似ているような気がしますが)

肥さんへ

上野国分寺の軒丸瓦が武蔵国分寺のそれと似ていることは自然です。
東山道武蔵路は上野国と武蔵国を結んでいた官道ですから、
この二国間では、他の諸国とは比較にならないくらいの文化交流があった、
と考えられます。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

実は「似ている」と私が書いたのは,
「僧寺の文様」と「尼寺の文様」とが似ているということだったのですが,
上野と武蔵との交流という観点から「武蔵国の範囲」が連想され,
またもう一つのコメント「郡名ではなく評名ではないか」とのご指摘で,
一挙に「无射志国府寺」というイメージが生まれました。
感謝いたします。

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