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「素弁蓮華文軒丸瓦」の分布図(2018.5.10版)

昨日服部さんや経由した川瀬さんから相次いでメールをいただき,
今から40年以上前の「1975年の段階で,素弁蓮華文軒丸瓦が,
豊前・筑前・筑後・肥前・豊後地域にわたって分布し,合計27カ所で発掘されている」
というビッグニュースが飛び込んできた。

これまで,「どうして近畿が中心なのだろう」
「もし九州王朝が仏教の先進地域なら多いはず(最低限少なくないはず)」
と思ってきたので,かなりの朗報です。

分布図(視覚的イメージ)というのは,古代史においても有効で,
この「夢ブログ」でも描いてきたし,ほかの方々にももっと使ってほしいと思っている,
北部九州に集中しているということで,バランスの取れるものになった。
少なくとも「二大中心」のイメージある。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ
素晴らしくわかりやすいグラフ、ありがとう。

>少なくとも「二大中心」のイメージある。

「“本”元興寺(九州)→大安寺(平城京)」という移築例(『続日本紀』&『日本書紀』)が
あるので「二大中心」の詳しい前後関係(九州が先なのは判っている)が判明すると、
九州の寺院が近畿大和に移築されたことがわかるかもしれませんね。
しかしこれは移築時に瓦も運搬された場合は瓦だけでは証明できませんから、
伽藍配置は後世のものなのに瓦だけが何故か古いということがあれば、
それが手掛かりになるのではないでしょうか。
建物(残っていないでしょうから礎石などで推定)の尺度も手掛かりですね。
瓦も運搬されている場合があるという視点を欠くことはできないと思います。
新たに瓦を焼く(大量に必要です)より、運搬するほうが簡単ですから。
運搬中に壊れた不足分だけは新しく焼く必要が出ますが。
このことは廃寺になった元の寺院は瓦の出土が極端に少なくなると考えられます。
つまり、廃寺で瓦の出土が極端に少ない寺院は移築を疑うことができます。
古代の寺院(建築物)は動産で、瓦はもちろん動産ですから。

「“本”元興寺(九州)→大安寺(平城京)」という移築例(『続日本紀』&『日本書紀』)ということを、始めて聞いた方のために説明しておきます。

【『続日本紀』】
《霊亀二年(七一六)五月》辛卯〔16日〕(中略)始徙建元興寺于左京六条四坊。

始めて元興寺を左京六条四坊に徙し建つ

「徙建(うつしたつ)」というのは「移築した」ということです。
この「(平城京)左京六条四坊」には「大安寺」が建っています。

【『日本書紀』】
《推古天皇十七年(六〇九)五月》
五月丁卯朔壬午〔16日〕、德摩呂等復奏之。則返德摩呂・龍、二人、而副百濟人等、送本國。至于對馬、以道人等十一、皆請之欲留。乃上表而留之。因令住元興寺。

日付や人名などを省いた内容は、百済人を本国に送るとき、対馬に至ってから(百済人が本国に帰らずにこの国に)留まりたいと上表して(対馬に)留まった。だから(因、よりて)、元興寺に住まわせた(住めと命じた)ということです。
元興寺が對馬の近くにないと次の疑問に答えられない意味不明の文になります。

・百済人が、何故本国が間近の対馬に至ってから上表したか
・対馬に留まっている百済人を何故元興寺に住まわせることにしたか

百済人は本国が間近の九州に留まるために對馬に至ってから上表した。
その願いを許すことにしたので対馬の近くにある元興寺に住まわせた。

こう解釈すると何の疑問も生まれない文になるのですから、元興寺は九州にあったとしても不自然ではありません。
元興寺が例えば近畿地方にあったとすると意味不明な文になります。
疑問が生じる解釈をしてその疑問の解答を探す解釈を「曲解」といいます。

投稿: sanmao | 2018年5月10日 (木) 13:00

肥沼さんへ
 さっそく地図に落としましたね。すごくわかりやすい。
 従来の北部九州には6世紀と7世紀前半の古代寺院がないという観念を完全に打ち破り、北部九州には畿内と同程度に濃密にこの時代の古代寺院が分布していることを示しました。
 この地図の意味はここまで。
 これが二大中心なのかどうか? 一見そう見えますが。
 それは素弁蓮華文軒丸瓦を出土する一つ一つの古代寺院を点検しないとわかりませんね。それも北九州と近畿以外の場所の調査も含めてです。
 まだ調査は途に就いたばかり。この初期的地図の細部にこだわらない方が良いと思います。

投稿: 川瀬 | 2018年5月10日 (木) 18:01

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 素晴らしくわかりやすいグラフ、ありがとう。

こちらこそ,ありがとうございます。
ただ,このグラフの題名に「2018.5.10版」という言葉を付け加えたように,
「まだまだ抜けているものがないでしょうか?」という意味です。
これから各地区を再調査していくスタートにしたいです。

投稿: 肥さん | 2018年5月10日 (木) 18:19

分かりやすくなりましたね🎵
問題は九州の素弁が近畿と同時代と見ていいのかどうか?
百済の瓦と寺院を考えれば、九州が先行するのではないのでしょうか?
後、単と複は同時代ではないのかと、考えています。

投稿: 上城です。 | 2018年5月10日 (木) 18:33

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 まだ調査は途に就いたばかり。この初期的地図の細部にこだわらない方が良いと思います。

「2018.5.10版」と書いたのは,ここからがスタートですよ,という意味です。
皆さんの協力を得て,本当の「素弁」の分布図を完成させたいです。

投稿: 肥さん | 2018年5月10日 (木) 18:38

上城さんへ
コメントありがとうございます。

「2018.5.10版」と名付けたのは,ここがスタートという意味です。
場所によって違うということもあるかもしれませんが,
とりあえず「素弁」という言葉をたよりに分布図にしてみます。
その上で,細かい分類をしていけたらと思います。

投稿: 肥さん | 2018年5月10日 (木) 18:45

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