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2018年5月 8日 (火)

『東大寺と国分寺』届く

石田茂作著『東大寺と国分寺』(至文堂,日本歴史新書)が届いた。
246ページのハンディな本だ。
例の3冊本『飛鳥時代寺院址の研究』のミニ版という感じ。
後ろの方のページを割いて,伽藍配置や軒丸瓦の紹介をしている。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ

「素弁」と「単弁」を取り違える原因の一つは、
実物によらず「拓本」(あるいは写真)によったから、
ということも考えられるのではないでしょうか?
肥さんは武蔵国分寺資料館の実物を見て素・単の判別に迷いましたか?
それほど「子葉」のあるなしの見分けは難しいものなのでしょうか?

それとも「子葉」あるのが「単」で、無いのが「素」ということ以外に
判別する基準があるのでしょうか(聞いたことはないですが)。
もし、別の判別基準は無いのだとすれば、
「拓本」によったから間違えたのだ、と私には思えるのです。
それほど「子葉」の有無は判りやすいように見えます。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

「複弁」はともかく,「素弁」と「単弁」はなかなかビミョーです。
現に資料館の表示が「単弁」のものを,
福田信夫さんの『鎮護国家の大伽藍』では「素弁」としていらっしゃいます。
拓本 → 写真 → 実物 の順にわかりやすさは増していきますが,
やはり最後の判断は分かれるものもありますね。

肥さんへ

>最後の判断は分かれる

それほどのビミョーさがあるとすれば、瓦をつくる側も「素」か「単」かということは、
特に意識していなかったということなのでしょうね(我々だけが分類上意識しているだけ)。

ということを考えると、「素」か「単」か最後の判断は分かれるような軒丸瓦は、
素直に考えれば「素」から「単」へと流行が推移していく過渡期に現れた、
と考えても良いのではないでしょうか(つくる側が意識していないとすればですが)。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

そういうことなのかもしれません。
まだまだ勉強が足りません。

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