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2018年4月15日 (日)

九州王朝の「東山道十五國」比定・肥さん案

いろいろ縛りがあって大変でしたが,
肥さんなりの理屈と屁理屈で,
以下の十五国を提出したいと思います。
(「山口県は版図」は引っ込めつつ)

では,肥さん案を書くことにします。

【九州王朝の「東山道十五國」肥さん案】

(1) 豊前国
(2) (船で渡って)周防国
(3) 吉備国
(4) 播磨国
(5) 摂津国

(6) 和泉国・・・(5)と(8)があまりにも点でつながるので
(7) 大和国・・・「海なし県」なので,「東山道」の方がしっくりいくから
(8) 山城国
(9) 近江国
(10) 美濃国

(11) 飛騨国
(12) 信濃国
(13) 上野国
(14) 武蔵国
(15) 下野国

これで,長門で「東山道軍」と「北海道軍」が同じコースを取らなくても良くなり,
同時に日本海沿いの名称の「北海道」も生かせるのではないでしょうか。

「東海道」と「北海道」については,以下に地図に記入しました。
ご検討下さい。
山田さんの古代史用地図を何枚も描き直し.ここにたどり着きました。
お礼申し上げます。

Dscn1634

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

ちなみに少し修正。
1:飛騨国:ここは、『和漢三才図会』七十にある飛騨国風土記の逸文には次のように記されている。「飛騨国風土記に云わく、この国は、元美濃の内なり。住昔(むかし)、江州の大津に王宮を造りし時(天智天皇造営[2])、この郡より良き材(き)を多く出して、馬の駄に負(おお)せて来たる。その速きこと、飛ぶが如し。よりて改めて飛駄の国という」との記録があるそうな。これを重視すれば7世紀後半の成立。この国は「美濃国」に入れる。

2:代わりに「甲斐国」を東山道に入れた方が良いと思う。文字通りの山国だから。

川瀬さんへ

コメントありがとうございます。

飛騨は抜かして,甲斐を入れるですね。
甲斐は「山があっても山なし県」で入れたかったのですが,
駿河あたりから入るルートが考えられ除いてしまいました。
両方の海からもだいぶ離れていますし,入れることにしましょう。

追伸
 もう二つ大事なことが抜けていると思います。
1:九州王朝の畿内を確定すること。
 これをやらないと。
 近畿天皇家と同じく五か国なら:筑前・筑後・豊前・長門・周防。
   ※佐賀関の存在と、周防の国の関の存在、そして朝鮮式山城の存在地域を考慮した。
 畿内を八か国とするなら:筑前・筑後・豊前・長門・周防・豊後・肥前・肥後

   ※畿内五か国と考えた方が良いと思います。
   ※そうすると北陸道・北海道の最初の国:石見国
           東山道の最初の国:安芸国
           東海道の最初の国:豊後国
           南海道の最初の国:日向国⇒襲の国⇒肥後国
                                  ⇒タネ国
           西海道の最初の国:肥前国⇒五島列島?

2:国々が分けられた時期をある程度確定する必要あり。
 ※吉備は本当に分れていなかったのか?:吉備中国が書紀仁徳紀に見えるので、すでに九州王朝時代に西から、吉備上国・中国・下国となっていたのではないか。
 ※飛騨を7世紀末としたが、仁徳紀にすでに「飛騨国」があるので、飛騨は国としてカウントする。
 といった作業をしてみると、それぞれの道の国が確定できると思います。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  もう二つ大事なことが抜けていると思います。
1:九州王朝の畿内を確定すること。

〉  2:国々が分けられた時期をある程度確定する必要あり。

まだいろいろやることがあるのですね。

〉  ※飛騨を7世紀末としたが、仁徳紀にすでに「飛騨国」があるので、飛騨は国としてカウントする。

再び飛騨が入って,甲斐が消えますか。

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