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2018年4月17日 (火)

長良川の鵜飼いは,703年に始まった!?

当たるも八卦で,アップしておく。
伊勢・志摩旅行の3日目。
伊勢神宮から名古屋へ向かう帰り道に,
バスガイドさんがこんなアナウンスをした。

「横に見える長良川は,今から1300年前の703年に
鵜飼が始まったそうです」

703年の年号にピンとくるものがあった。
もしかして,曲水の宴も701年に行っているし,
長良川の鵜飼いも「ONライン」を越えて
大和王朝も始めたのではないか。

それは,前から聞いていたのだが,
江田船山古墳出土の銀象嵌鉄剣に描かれた鳥が
「鵜飼の鵜」ではないかということだからである。
そして,その鉄剣に刻印されている花は
私が九州王朝の紋章と考える「12弁の菊花紋」だ。

曲水の宴も鵜飼も,天子が行える特権だったのではないか?
もしかしたら,同じ事を気が付いた方もおられると思うが,
伊勢神宮に参拝した旅の終りに私も気づいたことを
「夢ブログ」に記しておきたい。

今回の旅には,古代史用白地図は持参したが,
『続日本紀』は持ってこなかった。
どなたか手元に『続日本紀』がある方は,
703年のところでご確認していただけたら幸いである。
「(大和王朝で)はじめて,長良川で鵜飼を行った」
という記事が出ていませんか?

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コメント

 残念ながら『続日本紀』の大宝三年(703年)の条には鵜飼の記事はありませんね。
 検索したらこういう記事が。
 「大宝2年(702)、各務郡中里(現在の各務原市那加周辺)の戸籍に『鵜養部目都良売(うかいべめつらめ)』と書かれた、鵜飼を職業にしていた人達と思われる名前が載っています。」
 http://www.gifu-sugiyama.com/ukai/history/index.html

 702年の戸籍に鵜飼の記述があるということを元に、703年に始まると言っているのではないでしょうか?

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

と言うことは,『なら遺文』てすね。
『なら遺文』には,九州王朝の宝石などのほか,
鷹匠などの特殊技能者も移動しているという記事があると,
古田さんから講演会で聞いたことがあるのです。
鵜飼の匠も当然特殊技術者ですから,
政権の移動と共に「ご主人」が替わり,国家公務員の配置換えのような
ことがあったのではないでしょうか。
情報ありがとうございます。
各務市は確か岐阜県の町ですから,当然長良川も流れていますよね。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

大ヒントをいただきました。
別項にて書きますね。
もうすぐ所沢なもので・・・。

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