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2018年4月 2日 (月)

山田さんの「東山道十五国」の比定【改訂版】の地図

山田さんのサイトを拝見したところ,以下のような地図が掲載されていた。
これは「一目瞭然」の地図だと思った。

Photo

(1) どこが出発点なのか・・・北九州(太宰府)
(2) どこまで行っているのか・・・当時はまだ下野国まで
(3) 武蔵国が配置換えになったことが自然とわかる・・・東山道→東海道(やがて常陸国が終点となったので)

「東山道十五国」の比定【改訂版】―西村論文「五畿七道の謎」の例証―2017年3月15日 (水)
http://sanmao.cocolog-nifty.com/reki/2017/03/post-757d.html

実はこの地図は,山田さんが論文を書くもとになった
西村さんの論文にルーツがある。「都が北九州にあった頃の「道」の想定図」である。

Photo42

(山田さんのサイトのものを貸していただきました。
ありがとうございます)

太宰府(畿内)を中心に四方に広がる地図でこれも貴重だ。
そのうち,山田さんの地図は「東山道」のみ取り上げて下さったので,
さらにわかりやすくなったと思う。多元的「古代官道」研究の大きな成果だ。


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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ

「東山道十五國」図の転載ありがとうございます。

古賀達也さまにもfacebookで転載紹介してもらえました。

肥さんから図や写真の掲載方法を教えていただいた御蔭です。
あらためて感謝申し上げます。ありがとうございました。

>実はこの地図は,山田さんが論文を書くもとになった
 西村さんの論文にルーツがある。「都が北九州にあった頃の「道」の想定図」である。

なお、「都が北九州にあった頃の「道」の想定図」は、
古田史学論集第二十一集『発見された倭京』の刊行に際し、
西村さまが新たに描いてくださったものです。
その際、西村さまは冒頭にこの図がこ掲載されてしまうと、
「東山道十五國」の「ネタバレなってしまわないか?」とご配慮くださいました。
でも、西村仮説「五畿七道の謎」が「古代官道九州王朝建設説」のキモですので、
「都が北九州にあった頃の「道」の想定図」こそ「Ⅱ 九州王朝の古代官道」の冒頭にあるべきです。
また、この「都が北九州にあった頃の「道」の想定図」があったればこそ、
「東山道十五國」を読者が理解でき、肥さんのように思っていただけるわけです。
とても良い図が冒頭にあるので、図のない「東山道十五國」は助けられています。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 なお、「都が北九州にあった頃の「道」の想定図」は、
古田史学論集第二十一集『発見された倭京』の刊行に際し、
西村さまが新たに描いてくださったものです。
その際、西村さまは冒頭にこの図がこ掲載されてしまうと、
「東山道十五國」の「ネタバレなってしまわないか?」とご配慮くださいました。
でも、西村仮説「五畿七道の謎」が「古代官道九州王朝建設説」のキモですので、
「都が北九州にあった頃の「道」の想定図」こそ「Ⅱ 九州王朝の古代官道」の冒頭にあるべきです。
また、この「都が北九州にあった頃の「道」の想定図」があったればこそ、
「東山道十五國」を読者が理解でき、肥さんのように思っていただけるわけです。
とても良い図が冒頭にあるので、図のない「東山道十五國」は助けられています。

そういう事情があったとは知りませんでした。
研究者同士が古田史学の継承のために協力し合って,
この特集は編まれた感がします。
私も山田さんや川瀬さんに大いに助けられておりますから。
ほかの人に宣伝するのにも,胸を張ってすることができます。

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