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2018年4月 6日 (金)

『法華義疏』について

ちょっとここのところ古代史関連の話題が増えて,
読者の皆さんが驚いているかもしれないので,
ちょっとブレーキを踏んでみます。

瓦塔という焼き物の塔が,私の研究している東山道武蔵路に沿って多く分布している。
それは九州王朝と関係のあるらしい関東王朝の主要通路だからではないか!
というのが現在の推理です。しばらく前は「出雲系の神社が多い」と書きました。
そして,その後出雲王朝は「国譲り」という形で九州王朝に主権を譲るので,
出雲系の神社は残しながら,九州王朝の痕跡も何か残したのではないかということです。
それが瓦塔ではないか?

というのも,400ほど発見されているうち東日本が多数で,
しかも埼玉・群馬を結ぶ東山道武蔵路沿いに多いというのですから,
「肥さん,研究してね!」と古代史が手招きしているようなものです。

あとは,山田さんがコメントしていたように年代がもっと古いのではないか?
という問題と,
川瀬さんがコメントしていた法華経では「塔が中心」ということ。

そういえば,聖徳太子は『法華義疏』っていう注釈書を書いていたのでは?
というの意見が,きっと学校でいい点数を取っていた方から出そうです。
しかし,古田武彦氏はこれを批判して,九州王朝の上宮法王のものである。
何らかの事情(おそらく九州王朝の滅亡と大和政権の承認)で
法隆寺にもたらされ,それが皇室に献上されたものと思われる。
その証拠に,鋭利な刃物で切ったあとや,表紙の紙が違う紙だったり,
筆跡の違う字で補われた痕跡が・・・。

ということで,再びウィキペディア『法華義疏』に登場してもらうことにします。

ウィキペディア『法華義疏』

https://ja.wikipedia.org/wiki/三経義疏

「覚えるだけなら歴史はつまらないもの。
研究すれば本当のことがわかるから歴史は素晴らしいもの」
まだ無名な肥さんの言葉でした。(^-^;

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

 せっかくですから古田さんの論考(PDF版)へのリンクも貼っておきましょう。「古代は沈黙せず」の第二篇「法華義疏」の史料批判です。
 http://www.furutasigaku.jp/jpdf/hokegiryu47.pdf

追伸
 法華義疏巻の1の巻頭裏にある「此是大委国上宮王私集非海彼本」。古田さんはこれを、大委国の上宮王が私に集成したものと読みましたが、私は「国」の字は別の字で横に挿入するように書かれているので、本来は、「此是大委上宮王私集非海彼本」であり、「大委」は当時の上宮王の地位を示す言葉で、天子の次に位置し国政を総攬する「皇太子」のような地位と解釈しました。
 ここだけが古田説と異なるところです。あとは古田さんの説に賛成。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

聖徳太子が『法華義疏』を書いたという話題が続く限り,
本当の歴史はわからないと思います。
やはりここにも多元的「法華義疏」研究の必要を感じます。

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