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2018年4月23日 (月)

東村山で発見された古地図

先日東村山の郷土研究会の総会で,
大変貴重なものを見せていただいたことを書き忘れていた。
地元・東村山で発見され古地図である。

田・畑(こちらが圧倒的に多い)・家・道路(道幅も)・川・山林など,詳しく調べている。

Dscn1808

畑が多いせいだろうか,地図全体が茶色がかっている。
地券では,水田は青色の,畑は茶色のものが発行された。

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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

 明治26年から28年の地図ですね。
 ということは最初に決めた地租を改訂する際の地図ですね。
 私の母方の曾祖父・松本晩翠は、福井県(当時は石川県)の南条・今立郡長として地租改正事業をやった人です。郡長をしたのは明治7年から明治18年。彼が作成した地租改正のための地図が残されています。これは明治7年から実施された最初の地租改正のためのものです。
 最初の地租改正は明治7年から13年まで全国で実施されました。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

と言うことは,税率が3%から2.5%に下げられたというやつですか。
今から100年以上前の様子がわかるというだけで,
地図というのはものすごい情報量を持つものなのだと思いました。

いやどうもおかしい。
 地租改正は明治7年から13年で終わっている。この間の10年には税率が3%から2.5%に改定に。
 その後も地租の軽減運動はあったが、結局軽減されることはなく、その後明治43年には宅地地価修正法が出て宅地の地価を引き上げて農地との格差を修正した。
 だから明治26年から28年の村全図が「地租改正の基礎になった」という説明がおかしいのではないかと気が付きました。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

確か「地租改正で税金の取り方が変わって・・・」という説明だったと思うのですが,
26日(木)にまた会えると思うので確認してきます。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

先日の東村山の郷土研究会の会合で質問をしたところ,
その頃北多摩郡の中で市町村合併が行われ,
それを機に測量されてものらしいということを教えていただきました。
もう少し詳しくブログに書きましたので,
そちらでご覧下さい。
ご指摘ありがとうございました。

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