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2018年4月26日 (木)

祝 126万アクセス達成!

昨日の午前中に126万アクセス達成です!
読者の皆様,ありがとうございます。

前回の125万アクセスは,4月6日でした。
20日間で10000アクセスということになります。
(1日500。ただし,これは総アクセス数で,実質アクセス数は約150です。
だいたい毎日4クラスの生徒の数と同じくらいの皆さんに読んでいただいています)

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コメント

 肥沼さんへ
 毎日が休日という新たな日常に少しは慣れてきましたか?
 いかに今まで、学校の仕事と部活とに人生の時間を消費してきたかがよくわかりますね。
 時間がありすぎて、張り切り過ぎた三週間だったと思います。今後は少しスローペースにして、一つ一つの課題にじっくり取り組みましょうね。
 「夢ブログ」は内容が豊富で面白いからたくさんの人が読んでくれるのだと思います。

○残された課題
 1:多元的国分寺研究:瓦の悉皆調査はした。でもこの悉皆調査結果と伽藍の新旧をまだ突き合わせていません。これが第一の課題。そして第二に、服部さんのまとめ(要約)を読んでいると、国分寺で素弁瓦が出ている寺院が、肥沼さんの悉皆調査より多い。つまり石田さんが国分寺から素弁が出ていると把握したのに、「新修国分寺研究」の論文執筆者が素弁を削除した可能性あり。この素弁が出土するのに「新修」やその続編でカットされた国分寺の確認が第二の課題ですね。そしてこの次にいよいよ、国分寺一つ一つを精査する作業が残っている。
 2:伊勢神宮九州王朝創建論:これはまだまだクリアしなければいけない課題が多い。まだこの仮説は、「初めての神宮遷宮が690年である」という「太神宮諸雑記」に基づいた史料状況から、これは「近畿天皇家が持統の時代に初めて伊勢神宮の遷宮を執り行った」という記録であるから「、これ以前は九州王朝が遷宮を取り仕切ってきたであろうし、伊勢神宮は九州王朝創建の可能性大」、の可能性が示されたに過ぎない。これを如何にして証明するか。一つは日本書紀の崇神紀・垂仁記の記述をどう見るのか。二つ目はこれ以後の近畿天皇家皇女が伊勢に赴いた事実をどう見るか。天照を斎奉る人なのか、その人に仕える女官なのか。三つ目には、トヨスキイリヒメとヤマトヒメが天照を奉戴して諸国を経巡った経緯をどう理解するか。そして四つ目にはなぜ伊勢神宮には内宮と外宮があるか。まだまだ考察すべきことは多い。そして最も大きなことは、すでに古事記の崇神紀・垂仁紀にも同様な記述があることをどう理解するか。つまり古事記の性格理解。ここは古田説の修正の可能性あり。
 3:ヤマトタケル東征説話:2に関連して日野さんが提起した問題。ここも古事記の性格に関わるし、九州王朝の版図の問題にもかかわる。
 4:鵜飼の問題:これも九州王朝創設か?
 5:九州王朝の官道の問題:まだ皆さんがやっていないことは、五畿七道の五畿、つまり九州王朝の畿内を確定する作業。この五か国とはどこか。ここを確定しないとそれぞれの道に所属する国を確定できない。肥沼さんの東山道15か国比定案で、長門は畿内じゃないかとしたことは、この大きな問題につながる。そしてそれぞれの国々の成立年代と分離した時代の特定。
 いやあ、退職してわずか三週間。
 なんとこんなにたくさんの古代史の課題を肥沼さんは提起してしまったわけです。
 急がずじっくりと一つ一つやりましょうね。
 もちろんこれは一つにテーマを絞れではない。同時並行でいくつも動かした方が、連想ゲーム的にアイデアがわいてきますので、時間の許す限りじっくりやりましょう。
 人生の時間は限られているようで、使い方では無限大だ。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  いやあ、退職してわずか三週間。
 なんとこんなにたくさんの古代史の課題を肥沼さんは提起してしまったわけです。
 急がずじっくりと一つ一つやりましょうね。
 もちろんこれは一つにテーマを絞れではない。同時並行でいくつも動かした方が、連想ゲーム的にアイデアがわいてきますので、時間の許す限りじっくりやりましょう。

古田史学にであって30年。
退職もして,ようやくアウトプットする時期を迎えたのかな,という感じがします。
ただ,人には得意不得意というものがあると思うので,
論証など,あまり得意でない分野のことについてはアドバイスをよろしくお願いします。
別に「論証したくない」と思っているわけではありませんので・・・。

〉  人生の時間は限られているようで、使い方では無限大だ。

私もそう思います。仮説実験授業や古田史学に出会えて,本当に良かったと思います。
その恩人である古田さんが数年前,板倉さんが今年亡くなられました。
これから少しずつ「恩返し」をしていきたいです。

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