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2018年4月14日 (土)

山田さんの仮説「九州王朝の北海道十四国國」について

いつもお世話になっている山田さんが,超びっくりの仮説を出された。
それが上記の題名のものである。
「えっ,北海道って日本の一番北にある,面積の一番大きな都道府県のことじゃないの?」
と思われた方は,以下の山田さんのサイトをのぞいてみて下さい。

Photo

sanmaoの暦歴徒然草

http://sanmao.cocolog-nifty.com/reki/2018/04/post-55ef.html

実は私は,例の悉皆調査に明け暮れていたので,
山田さんと古賀さんの「北海道」議論に乗り遅れてしまっていたのだが,
北陸道と東山道が長門国のところで重なり,「飛び越して石見に行ったりしているところから
「長門に二道あったのでは?」という話も出て来ていたのだ。
(それでは,2人の都督が混乱してしまう!)

そこで,「只では起きない肥さん」が仮説を1つ。
九州王朝と言う時,普通九州島のことを思うが,今の山口県(長門国+周防)は
石城山(いわきやま)神籠石でもわかるように九州王朝の版図で,
そこを「ゼロ」でカウントしないと,支配地域なのか,
被支配地域なのかわからなくなってしまうのである。

つまり,北陸道改め北海道は「石見国が最初の外国」であり,
東山道は「安芸国が最初の外国」ということになる。
「論理の赴くところ」に従うとそうなると思うのですが,皆様いかがでしょうか。

なお,次に「東山道十五国」「北海道十四国」の比定の問題が出てきますが,
ちょっと「悉皆調査の後遺症」の治療のため,母と伊勢に行って来ます。
たまに親孝行したら,天気は雨らしいです。(涙)
「天はお見通し」と言うことでしょうか?(笑)


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