« 「五感」を使った社会科 | トップページ | 昨日の部活動 12/5 »

2017年12月 5日 (火)

連載あるいはシリーズもの

今山田さんがご自身のサイトで,
「論理の赴くところ」という連載をしている。
その内容については私は難しくてわからないものが多いが,
「山田さんは,こういうことにこだわっているのか」
ということがわかるという点で興味深い。

さて,「人のふり見て我がふり直せ」という言葉もあるので,
自分のことを書いてみると,連載というか,
シリーズものを書く時というのは,
ノーミソの活動が活発の時が多いように思う。

仮説実験授業の授業書について振り返る時も,
古田武彦氏の著作と自分とのかかわりについて書く時も,
やはり何とも言えぬ興奮状態にある時であった。

また,そういう連載やシリーズものには,たいていの場合コメントが入るので,
読者とのやり取りがまた刺激となって,さらに筆が進む。
そういう相乗効果の賜物が連載,シリーズものにはある。
さらに山田さんの筆が進むことを期待したい。

sanmaoの暦歴徒然草


« 「五感」を使った社会科 | トップページ | 昨日の部活動 12/5 »

パソコン・インターネット」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ
ブログ紹介、ありがとうございます。

〉「山田さんは,こういうことにこだわっているのか」
ということがわかるという点で興味深い。

その通りで、この連載は「こだわっている」ところがあります。
その「こだわり」の対象とは、「論理の筋が通る」ということ、
「論理的に一貫しているかどうか」ということです。

例えば「未詳(わからない)」とあれば、
「何が」「どこが」わからないというのだろうか、
と気になるわけです。

木簡に「親王」とあれば「親が天皇」ということですから、
一貫してそう考えれば(筋を通せば)どうなるか、と考えるわけです。

「辭理の見え叵(がた)きは、注をもちて明らかにし、
意況(いきょう)の解(さと)り易(やす)きは、更に注せず。」と、
序文で書いたことを太安萬侶が一貫して筋を通しているとすれば、
『古事記』本文はどう読むべきなのだろうか、と考えたのです。

これは確かに「こだわり」です。
すべての文章に対してこの様にこだわっているわけではありませんが、
「論理」というのは「筋を通すことにこだわる」ことだと考えて、
テーマを「論理の赴くところ」としています。

ブログのご紹介のお礼として「こだわり」を説明させていただきました。
これからも、ご愛読よろしくお願いいたします。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

いろいろと解説していただき,
読者の皆さんにもわかりやすかったと思います。
もちろん私にもよくわかりました。
古代史の研究というのは決してわかりにくいものではない。
そう読者の皆さんに思っていただけたら幸いです。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 「五感」を使った社会科 | トップページ | 昨日の部活動 12/5 »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ