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2017年12月25日 (月)

「飛鳥時代」なんていらない(山田さん)

山田さんのサイトに,
「「文化と時代」考― 「飛鳥時代」なんていらない ―」
という論考が発表された。

時代の呼び方さえ,一元史観では謎が解けず,
「大和中心史観」になっているのだった。
それは同時に,多元史観の正しさを証明するのではないか。

この考えを「応用」すると,多くの白鳳文化(仏像や寺院)が
九州から大和へもたらされた(移動・移築された)と言って
良いのではないかと思う。(山田さんはそこまで言っていないが)

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ
ブログの紹介、ありがとうございます。

〉白鳳文化(仏像や寺院)が
九州から大和へもたらされた(移動・移築された)と言って
良いのではないか

なるほど、白鳳文化が倭国(九州王朝)の滅亡期の文化だと仮定すれば、
そのような仮説を立てると仏像や寺院が大和に存在していることを良く説明できる、
という考えを持ってしまう気持ちはよく理解できます。

しかし、その仮説が成り立つためには、
(1)多くの白鳳文化(仏像や寺院)が九州から大和へもたらされた(移動・移築された)
ということが事実として証明されれば、
(2)白鳳文化は倭国(九州王朝)の滅亡期の文化だ
という仮説が立てられる、ということなので、決してその逆((2)→(1))ではない、
と考えますが、いかがでしょう。

仮説とは事実を従来説より良く説明できるもの、だからです。

すでに、下記(4)を仮定すれば(3)という事実がよく説明できる、という仮説を立ててしまっています。
屋上に屋を架すのはやめましょう。
(3)ヤマトには白鳳文化の仏像や寺院が存在する(これは事実)
(4)白鳳文化の仏像や寺院は九州から移動・移築された(これは今だに仮定)

山田さんへ
コメントありがとうございます。

もちろん「そんな気がする」というだけのことで,
証明した上でのことではありません。
でも,証明できるような気がしなくもない。
まあ根気よくやります。

肥さんへ
〉(1)多くの白鳳文化(仏像や寺院)が九州から大和へもたらされた(移動・移築された)
ということが事実として証明されれば、

ということに関しては『九州から』という部分だけが残っているだけですから、
根気よくやれば、科学の進歩なども加わり、証明できる日がくるかもしれませんね。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

ぜひ読者の皆様にもご協力いただいて,
その証拠を見つけたいものです。

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