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2017年11月11日 (土)

東山道武蔵路を熊谷市南部まで北上

川瀬さんのアドバイスに従って,
パソコンで検索しながら地図上に赤丸を付けていく。
昨日は,東山道武蔵路を熊谷市南部まで北上した。
もちろん武蔵路の通っている市町村だけでなく,
それと隣接している市町村もやった。
昨日も,数十個の赤丸を付けることが出来た。

出雲系が大多数というわけではないが,
これほどまでに武蔵国が出雲系神社に
占められてくるとは予想していなかったので,
「出雲王朝の実在」という現実的な問題も出てきた。

山田さんにもアイデアをいただき,
「神無月」が別の方向から後押ししてくれている。
ありがたいことだ。

今回の場合,このような図式になるものと考えている。

(1) 文献的論証・・・「神無月」の3文字が持つ意味 → 神無月は「最後の月」だったこと
(2) 考古学的論証・・・東山道武蔵路沿いにに出雲系神社が多いこと → 府中・熊谷間で百数十社見つける

この2つが重なっているところに,今回の研究の強みがある。

坂戸市-熊谷市南部の分布図 

(写真をクリックすると拡大します。
小さめの●が新たなサンプルです)

Dscn0016

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

最近読ませていただいていて
気になっていることが

近所に飛龍神社跡地という碑がありまして
そのすぐ近くに熊野神社がありますが
飛龍神社から熊野神社になったということが書いてありました。

そこで気になったのは、
神社で来た年代はいつ頃なんだろうということ
八雲神社についてもその神社ができたのはいつ頃なんだろうかということ
富岡の八雲神社も三富開拓のまえには茅野の原野だったのではないかと
思ったりしたものですから

神社の成立年代も問題になるのではないのかと思った次第です。
あまり関係ないですかね。

翔空さんへ
コメントありがとうございます。

一般に神社の説明板には,
「創建年代は不明」と書いてあるものが多いです。
それだけ,古いものもあるということはあるのですが,
名前が古くからありそうなものでも,
他の神社の神様を招いて
「コピーさせてもらう」というのもあるように思います。

熊野神社(入間市)は「スサノヲ」を含む祭神なので,
出雲系の部分もありますが,
時代を生き抜くためにいろいろ苦労した節が見られる祭神群ですね。

熊野神社(藤沢)

https://tesshow.jp/saitama/sayamairuma/shrine_fjsawa_kmano.html

リンク先を詳しく読ませていただきました。日本武尊、新田義貞、延喜式、村社など
いろいろいわれのある神社なんですね。
それにしても、詳しい資料が載っているサイトがあるのがわかりました。

一昨年だったか、ここの獅子舞をじっくり見たことを思い出します。
写真も撮ったような気がするのですが、どこにかくれたやら。
その説明も詳しくわかりました。

翔空さんへ
コメントありがとうございます。

地域の歴史の中にも,いろいろなことがあって,
歴史を学ぶ楽しさになっています。
ぜひ翔空さんも,自分の住んでいる地域から始めて,
多元的古代の実感を味わっていただくと,
なぜ私がそれにこだわっているのか,わかっていただけると思います。

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