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2017年11月28日 (火)

上賀茂神社の御阿礼神事

川瀬さんからのご教示により,葵祭(5月15日)に先立って行われる
御阿礼神事(みあれじんじ)(5月12日)の存在が明らかとなった。
一般には非公開で,秘儀となれば,
とうてい私の電話などでは,「太刀打ち」できるものではなかったのかもしれない。

ともあれ,「先立って行われる」という日程や
「阿礼」という名称は物を指すとともに神霊の降臨を願うということだろうから,
当たらずと言えども遠からずどころではなく,
ドンピシャの情報だったと言えるのではないだろうか。
ブログの更新がその1か月半後に途絶えたのが,少々気になりますが・・・。

上賀茂神社の御阿礼神事

http://kyototravel.info/%E5%BE%A1%E9%98%BF%E7%A4%BC%E7%A5%9E%E4%BA%8B

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大辞林 第三版の解説
あれ【阿礼】

〔動詞「ある(生)」の名詞形か〕
神霊の出現の縁となる物。榊さかきの木など。
綾絹あやぎぬや鈴などを飾りつけて使う。
賀茂社や松尾社のものが知られている。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
御阿礼神事 みあれしんじ

御阿礼祭ともいう。京都賀茂別雷神社の祭事。
5月 12日夜に行われ,神霊が神籬 (ひもろぎ) に降臨し,本社に神幸して鎮座するまでの過程をいう。
「みあれ」は出現,誕生の意で,神の出現,天降りをいう。

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世界大百科事典 第2版の解説
みあれしんじ【御阿礼神事】

毎年,古くは旧暦4月の中の午の日,現在は5月12日の夜,
京都市北区の賀茂別雷(かもわけいかずち)(上賀茂)神社で行われる,古来の神迎えの神事。
御阿礼祭ともいう。〈みあれ〉は出現・誕生を意味する。
神社の北西約880mの御生野(みあれの)という所に祭場を設け,
ここで割幣をつけた榊に神を移す神事を行い,これを本社に迎える祭りである。
祭場には,720cm四方を松,檜,賢木(さかき)などの常緑樹で囲んだ,特殊の神籬(ひもろぎ)を設け,
その前には円錐形の立砂一対を盛る。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

 謎が解けたわけではないですよ。
 前記の論文に、現行の祭礼の次第が書いてあります。
● 現行の御阿礼次第  
 御阿礼神事は、御囲(おかこい)前、神館(こうだち、かんだち)跡から御幸(みゆき)にて本宮へと場所を移動して行われるが、その古形は後に述べるように御囲前と神館跡に集約される。
初めに、上賀茂神社の元宮司である座田司氏(さいだもりうじ)氏の論文「御阿礼神事」(昭和35年1960)(文献2①)から
現行の御阿礼次第を以下に示す。

<現行の御阿礼次第>
宮司以下諸員御阿礼所に参着
宮司以下祭員五員その他の諸員神籬前庭に列立(西上北面)
次 修祓(しゅうふつ)
次 宮司以下祭員五員横座に着座(北上西面)
矢刀禰五輩神籬前、左立砂の西側に、斜に蹲踞(そんきょ)(北上東南面)
   雅楽役・別当代その他の諸員は便宜の所に蹲踞
次 宮司以下諸員神籬に向いて列拝(一拝)
次 宮司以下祭員五員に公幣・私幣二棒ずつを進む
   公幣を上、私幣を下に重ぬ
次 宮司以下祭員五員神籬に向いて奉幣行事を行う
  此の儀先ず二拝、祈念、二拝 此間諸員平伏若しくは磬折(けいせつ)
次 宮司以下祭員五員幣を後取に授く
次 宮司以下祭員五員に葵桂を進む 葵桂は烏帽子(左穴)に挿す
次 宮司以下祭員五員献の儀を行う
次 宮司以下祭員五員につかみの御料を進む
次 宮司以下祭員五員座を起ちて手水の儀を行う、終って復座
次 宮司以下祭員五員に割幣十五枚ずつを進む(「迎へ給ふ迎へ給ふ」)
次 燈火を滅す
次 矢刀禰五輩順次御榊を宮司の座前に持来り蹲踞す
  宮司先ず御榊に手を掛く、終って矢刀禰五輩順次祭員四員の前に蹲踞す
   各祭員同様の事を行う この時宮司以下祭員五員秘歌を黙奏す
  (「跡たれし神にあふ日のなかりせば何にたのみをかけて過ぎまし」)
次 矢刀禰五輩順次再び御榊を宮司の座前に持来り蹲踞す
  宮司御榊の枝に三箇所に割幣を結び懸く、以下祭員四員同様割幣を三箇所に結び懸く 深秘あり(「移り給ふ移り給ふ」)(憑遷)
次 矢刀禰五輩御榊を神籬の正面に立向わしめ(西上北面)二基の立砂の外辺を三匝(左回り)し、
   両立砂の中間に南面縦列に蹲踞猶予 此の間諸員平伏
次 宮司以下祭員五員御榊の三匝了るを待ちて座を起ち、神館跡假設物の南庭に北上西面に蹲踞す
次 神幸進発
                                           (「・・・」)は賀茂社禰宜藤木保治氏の教示による(文献5①)

 この祭礼のどの段階で鈴(駅鈴)を鳴らすのでしょうね。そしてその鈴が隠岐国駅鈴とそっくりなのかどうか。
 まだこの大事なところが不明だ。

 電話ではなく、書面で問い合わせたらどうでしょうか。
 まず自分が駅鈴の研究をしていて、隠岐国駅鈴とそっくりなものが上賀茂社の祭礼で使われているという情報がネット上にあったので、この話が真実かどうかしりたいと、問い合わせの動機を示す。
(この際にネット情報の元をアドレスも含めて提示しておく)

 そしてこの情報が上賀茂社の御阿礼神事と判断して、前記の論文からその次第を示し
1:このどの段階で鈴をならすのか。
2:その鈴の形状はどんなものなのか。隠岐国駅鈴とよく似たものなのかどうか。
(ここに隠岐国駅鈴の写真を張り付けておくと良いでしょうね)
3:この鈴の形状・大きさや重さ、そして上賀茂社に伝わったいわれがわかるかどうか。
 以上三点を問い合わせたらどうでしょうか。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 この祭礼のどの段階で鈴(駅鈴)を鳴らすのでしょうね。
そしてその鈴が隠岐国駅鈴とそっくりなのかどうか。
 まだこの大事なところが不明だ。

こんなに詳細に「次第」が記録されている。
しかも「駅鈴の使用」については出ていない。
ここのところが引っ掛かりますね。
そこらへんの所が「秘儀」とされているのでしょうか。
電話でのやりとりで,「静かに儀式は執り行われ,
駅鈴のような道具は使用しません」と言われてしまうと,
それ以上は質問しかねました。

〉 電話ではなく、書面で問い合わせたらどうでしょうか。

そうですね。書面の方がいいかもしれません。
ただ,「秘儀」の内容に駅鈴の使用が当たるとすると,
関係者の方にご迷惑が掛かるのではないかと懸念しております。
当然「口外無用」のことになっていると推測されるからです。

 関係者に迷惑がかかることを恐れるなら、ネタ元のブログのことは伏せておきましょう。
 ネットでそういう記事を見たとだけ書いておけば良いのではないでしょうか。

 手紙で問い合わせの件は、また時間ができてからで良いでしょう。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

私にとっては他人ですが,
あちらの関係者の方々は顔見知りと思われるので,
それが引っ掛かるところなのです。

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