« 郷土史の講演会からうどんの「ますや」まで | トップページ | 「神は乗り越えられない試練は与えない」というが »

2017年11月27日 (月)

明神大社が可能性あり?

「1017年の後一条天皇の即位に際して,
駅鈴を四十八社に奉献した」という記事について,
なぜ四十八社なのかということで,川瀬さんが考察して下さった。
その結果,「明神大社」に関係のあるところではないかということで,
関係サイトをリンクしてみる。

ウィキペディア「明神大社」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E7%A5%9E%E5%A4%A7%E7%A4%BE

延喜式内明神大社のサイト

http://www.jinja.in/s/shikinai_myoujin-taisha

ウィキペディア「延喜式神明帳」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%B6%E5%96%9C%E5%BC%8F%E7%A5%9E%E5%90%8D%E5%B8%B3

« 郷土史の講演会からうどんの「ますや」まで | トップページ | 「神は乗り越えられない試練は与えない」というが »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

 肥沼さんが挙げたサイトで見ると、明神大社の中に一宮がたくさんありますね。およそ60位。このなかに駅鈴が奉納された48の大社があるのでしょうね。

ウィキペディアの「延喜式神名帳」も便利ですね。
ここは令制の国ごとに神社がまとめられ、その神社の社格(大社・中社・小社・明神大社・一宮など)と今のどの神社に否定されているかが示されている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%B6%E5%96%9C%E5%BC%8F%E7%A5%9E%E5%90%8D%E5%B8%B3

 もうひとつ探求しなければならないことがありますね。 
「1017年の後一条天皇の即位に際して, 駅鈴を四十八社に奉献した」という記事。歴史年表で確認してみると、後一条即位は1016年(長和五年)2月7日だ。この南宮大社に伝わる話とは一年のずれがある。
 1:南宮大社にこの言い伝えの元になっている資料の存在を確認する必要あり。神社に伝わる文書や、もしくは当時の朝廷の資料や公家の日記などにあるのかどうか。

 2:即位年とは一年ずれている理由を考える。歴史年表でみると、7月に京都大火があり、藤原道長(後一条の祖父にあたる)の土御門邸が焼亡。そして9月には三条上皇の御所も焼ける。
 この災害と関係があるのかもしれませんね。

 ということで当時の朝廷の記録や公家の日記(「御堂関白記」「小右記)で、後一条即位前後のところと、この二度の災害のあとの所を確認してみると良いかもしれません。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  ということで当時の朝廷の記録や公家の日記(「御堂関白記」「小右記)で、
後一条即位前後のところと、この二度の災害のあとの所を確認してみると良いかもしれません。

今たくさんのことが私の周りにあって,
ちょっとその調査に乗り出せそうにありません。
すいません。
倒れてしまっては,調査も出来ませんので,
倒れない程度に仕事もしています。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 郷土史の講演会からうどんの「ますや」まで | トップページ | 「神は乗り越えられない試練は与えない」というが »

2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ