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2017年11月26日 (日)

調(つき)神社のこと

ウィキペディア「調(つき)神社」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%BF%E7%A5%9E%E7%A4%BE

浦和駅で電車を降り,浦和仮説サークルに向かう時,
いつも道路の左側にこの神社が見える。

神社の名前も読めないし,
聞いてもすぐ忘れてしまい,
そのままになっていた。

天照大神とスサノウが同時に祀られているので,
もともと出雲系の神社だったものが,
その後変化したものと想像している。

もう一柱の祭神・豊宇気姫命は,
古事記には登場するが,
日本書紀には登場しない神様だそうな。
何か臭うなあ。

何かわかったら,また報告します。
とりあえず,備忘録として。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥様

所沢駅前にも出雲系の可能性がある神社ですか。
先日来の出雲神話・官道のテーマで興味を持った事を書かせて頂きます。
「なぜ、武蔵野に出雲系の神々が色濃く残っているのか?」です。
縄文国家としては、西に諏訪、北に東北(三内丸山)と言う大縄文都市に挟まれた地域です。このどちらかの神々が色濃く残っているのなら理解できるのですが、なぜ遠く離れた出雲の神々なのか?

以下は仮説にもならない思い付きです。
出雲と諏訪、出雲と東北はかなりの交流があった様です。
出雲と諏訪は、国譲り神話の最終場面としても出てきます。
また諏訪では神無月がない事は以前に肥様がこのブログで取り上げておられました。仮に、全国の神々が暦を出雲に取りに行ったとするなら、諏訪には出雲から暦が送り届けられた可能性もあるのではないでしょうか?

出雲と東北は、黒曜石やズーズー弁等からも交流が伺えます。

一見友好国の様ですが、脅威でもあったと思います。その両国の背後に位置する武蔵野は、出雲王朝とすれば重要な位置づけの国だったのではないでしょうか?

肥さんへ

伊勢外宮の神様ですね。伊勢のもともとはこの神様と言われています。

通りすがりの素人さんへ
コメントありがとうございます。

私は「日本海文化圏」を考えています。
九州も,出雲も,信濃(経由して関東)も,東北も,
みな日本海文化圏に属していると言っていいと思います。
対馬海流は,この流れに沿ってながれ,
天照大神が一番遅く出雲に到着し,一番早く帰れた。(天照神社の伝承)
「太平洋ベルト地帯」文化圏とは全く違った文化圏が,
古代にはあったのではないでしょうか?
信濃が特別だったかどうかは今はわかりません。
でも,「神無月」神話は実話であると言えるところまで近づいているのではないでしょうか。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 伊勢外宮の神様ですね。伊勢のもともとはこの神様と言われています。

そんなんですか。そんな重要そうに思える神様が,
どうして日本書紀には出て来ないのでしょうね?

豊宇気姫命とは食物・穀物を司る神。
九州天皇家・近畿天皇家の祖先である瓊瓊杵尊が北九州を征服した際、この地はすでに広大な水田が広がる弥生の国であった。
 この天孫降臨神話を考慮してみると、穀物の神である豊宇気姫命は、瓊瓊杵尊より先に日本列島に広がっていた稲作を伴う民族の神であった可能性が高い。
 古事記の神話ではこの神を、伊邪那美命の孫という形で、天孫神話に取り込んでいるだけ。
 その取り込み方は、伊邪那美命が火の神カグツチの神を生んだために焼かれて死ぬのだが、その苦しみの中で漏らした尿から、ミヅハノメの神とワクムスビの神が生まれ、このワクムスビの娘が豊宇気姫命というかたち。
 書紀の神話では、伊邪那美命が火産霊(ひのむすび=カグツチ)を生んだことで焼かれて死ぬとき、漏らした尿からミズハノメが生まれ、大便から埴山姫が生まれた。カグツチが埴山姫を娶って生まれた稚産霊(ワカムスビ)の頭上に蚕と桑が生まれ、ホトに五穀が生まれたという形。
 書紀では五穀を司る神としては稚産霊(ワカムスビ)となっていて、豊宇気姫命は出てこない。

 古事記の神話は近畿に遷った天皇家の中で形成されたもの。書紀の神話は九州の天皇家の中で形成されたもの。したがって豊宇気姫命は近畿天皇家が版図として取り込んでいった地域の土着神だったということで、九州天皇家の版図にはこの神はいなくて、稚産霊(ワカムスビ)であったと考えられます。
 元は書紀のような形の神話だったが、近畿天皇家の版図が広がる中で、この地域で有力な土着の穀物神であった豊宇気姫命が稚産霊(ワカムスビ=ワクムスビ)の娘という形で入ってとってかわったのではないでしょうか。

 まだ具体的な箇所を確認していないが、古事記でも度相にいます神として出ている「登由気神」があるというので、この神が豊宇気姫命の原型ではないのか。
 つまり度会=度相にもともといた神が登由気神であり、ここに天皇家の祖先神である天照大神が移ってきて二つの神が並び立ち、古事記のように豊宇気姫命として天孫神話の中に取り込まれたのだと思います。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

私のつたない疑問に,充実したご教示,本当に感謝です。
これからもいろいろと教えていただけたらと思います。

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