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2017年11月26日 (日)

駅鈴をめぐる思考の整理

川瀬さんの度重なるアドバイスもあり,
駅鈴についての思考を整理してみようと思う。

(1) 最初「隠岐の駅鈴のみ」が九州王朝のものと考え,
11世紀に奉納された駅鈴はその時点での「特注」と考えていた。

(2) 続日本紀に出てくる「刻みのある駅鈴」が大和政権のもので,
それがないものが九州王朝のものと分類。
(なので刻みがないのが,かえって「本物の証拠」である)

(3) ところが,「底部の乳状突起」問題が出てきた。
「刻み」の前には「乳状突起」だったのではないかという問題だ。

(4) すると,九州王朝の作った駅鈴には「乳状突起」があり,
大和政権の作った駅鈴には「刻み」がある,
という外的特徴から区別できることになる。

(5) 隠岐の駅鈴と南宮神社の駅鈴は,「乳状突起」=九州王朝の作のようである。
どうも回収はしたが,溶かして鋳直したり,廃棄したりしなかったのではないか。
そして,11世紀になって「神社に奉納してしまう」という手を思いついた。
(寛仁元(1017)年,後一条天皇即位の際,諸国の大社四十八社に奉献された)
平安時代の陰陽師・安倍晴明(921年- 1005年)の時代と近いので,
前王朝の祟りとかを恐れたのかもしれない。

(6) 今後11世紀に駅鈴が奉納された四十八社の神社の探索
(おそらく乳状突起がある)と
「刻みのある駅鈴」の両面作戦で,全国の神社に当たってみたい。
全国の神社と言っても,そんな小さい神社に奉納するわけではないと思うので,
大きなところを当たればいいと思う。

全国の大社の数を検索して調べてみたら,
何と20数社しかありませんでした。
当時と今は違うのですかね。
でも,あの南宮大社も入っています。

全国の大社一覧

http://syuin.kenism.net/shrine/oyashiro

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥様

南宮神社の駅鈴はレプリカだと思い込んで書き込みましたが、川瀬様の助言(検索力)のお陰でこんなに広がるとは驚きです。

以下、思い付きです。
①肥様は、九州王朝下で古代官道と「底部の乳状突起+刻みなし」駅鈴が作られたとの仮説を提示された
②肥様は、九州王朝が古代官道を作ったとの仮説を提示された
③肥様は、九州王朝の官道は出雲王朝の官道を基に作られたのではないか?との仮説を提示された
④話は変わり、古田武彦先生は、古事記の国生み神話で、「天沼矛」ではなく、「天沼弟」であることを確認された。
個人的には、古谷弘美様の「天治弟」説の方が有力と思いますが、「天治弟」説での国生み神話の意味合いと、その後の当該説の展開が不明の為、「天沼弟」説を採ります。
⑤古田武彦先生は、④を展開され、「天沼弟」は小銅鐸のサウンドとの仮説を提示された。
⑥古田武彦先生は、小銅鐸は「天の浮船」で使われたとの仮説を提示された。
(④~⑥がその後改定されているかもしれませんが・・)

仮説に仮説を積み上げるようで、恥ずかしいのですが、南宮神社の駅鈴の件もありますので、僭越ながら思い付きを述べてみたいと思います。
a:⑤⑥は大雑把に言えば「鈴」の使用の事ではないでしょうか?
以下、aを前提で述べていきます。
b:出雲王朝では建国時より「鈴」を権力の象徴にしていた。
c:出雲王朝の権力拡大に伴い、年末に古代官道を使って各地から出雲に集結するようになった。
d:その際、「鈴」を付けて、(雅な音色と共に)出雲に向かっていた。
e:九州王朝は「鈴」の制度とその権威を引き継ぎ、近畿天皇家も受け継いだ

如何でしょうか?
消えた「刻み付き」の駅鈴は謎のままですが・・

通りすがりの素人さんへ
コメントありがとうございます。

壮大な仮説ですね。
私が発言できることはあまり多くないと思いますが,
「鈴」ということで言うと,関東は「鈴文化圏」であると,
古田武彦氏も『古代は輝いていたⅡ』の第六部「関東の大王」の中の第二章で
書かれているのを思い出したということです。

 肥沼さんは現在「大社」を名乗っている神社を対象としていますが、駅鈴が奉納されたのは平安時代です。
 延喜式神名帳の中の(いわゆる式内社)の大社ではないのでしょうか。駅鈴が奉納されたのは。でも大社すべてだと数千になるので・・・・。
 諸国一宮の中で明神大社の各の神社だけを選んだのではないでしょうか。
 神名帳の中の明神大社は203社だそうだが、その中の諸国一宮に限れば、数十の数に絞れるのではないでしょうか。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

その通りです。あまりにも数が多くてビビりました。
一応「大社 駅鈴」でインターネット検索はしてみましたが,
「具体的な大社名 駅鈴」の方がいいとは思っています。
「諸国一宮」で再チャレンジしてみます。

駅鈴奉納の大社の候補として、諸国一宮で明神大社を選んだ理由。
1:48社という中途半端な数字の意味。諸国一宮なら66社だ。どうしてこれより少ないのか?
2:刻みのない駅鈴があるのは、美濃南宮大社と隠岐の玉若酢命神社の二つだ。南宮大社は美濃一宮、玉若酢命神社は隠岐総社。そしてこの二つによく似た駅鈴をもっているらしい京都の上賀茂社も山城一宮。そこでこの三つの社を延喜式神名帳でその社格を確認。すべて「明神大社」だった。明神大社とは、古代から霊験あらたかと考えられている神社で、国家にさまざまな災害や危難が襲ったとき、その神を名指して指名して祈祷をお願いする神社。

 こうなると駅鈴を奉納した大社とは、諸国の一宮か総社で明神大社であるものと考えるのが妥当だと思われます。
 令制の国は66ありますが、小国だったり大国がいくつかに分けられたあとの中心領域ではなかった国の場合、一宮といっても明神大社ではない例があると思われます。だから48社かと。

 延喜式神名帳に載っている社、いわゆる式内社を国ごとにリストにして社格を明記し、その神社が今のどの神社かを比定したサイトがありますので、ここでリストを作ってみてください。
 総社がある場合は、その総社が明神大社なら一宮ではなく総社を選ぶと良いと思います。総社が明神大社ではなく、一宮が明神大社なら一宮を選ぶと良いと思います。

※追伸:なお別の形だが「駅鈴」と称する鈴を持っている鹿島神宮も常陸一宮で明神大社です。そして「三鈷鈴」という法具が駅鈴とされている理由は、長い間神宝を使っていて出し入れしている間に、三鈷鈴と駅鈴が混同され、取り違えられた可能性がありますね。正倉院宝物が長い間に貸し出されている間に、行方不明になったり取り違えられたりした例がありますが、これと同じかもしれませんね。

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