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2017年11月14日 (火)

出雲地方の2つの大出土地

出雲地方の2つの大出土地がこのある。
荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡である。


荒神谷遺跡

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%92%E7%A5%9E%E8%B0%B7%E9%81%BA%E8%B7%A1

加茂岩倉遺跡

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%8C%82%E5%B2%A9%E5%80%89%E9%81%BA%E8%B7%A1

荒神谷遺跡からは,「1984年 - 1985年の2か年の発掘調査で、銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が出土」した。
これは当時発掘されていた銅剣(銅矛?)の数以上の数だったから,驚愕の発掘だった。

加茂岩倉遺跡からは,「1996年より1997年の2年間にわたり、・・・一カ所からの出土例としては
日本最多となる39口の銅鐸が発見」された。

それまで単なる「神話」の地方だった出雲は,一挙に「出雲王朝」の名前を冠する地と化した。
これらの考古出土物は,共通点として不思議な「×」という文字が刻まれ,謎の記号と思われていたが,
先日James Macさんのブログを読んだら,「出雲王朝の紋章」ではないかとのことだった。

天照大神を祀る伊勢神宮の象徴である鏡の「〇」を良い意味の記号と考えさせ,
大国主やスサノヲを主神とする出雲大社の象徴である銅矛の交差の「×」を
悪い意味の記号と考えさせたとしたら,それはものすごい影響力をもって
私たちの中に洗脳(スポイル)させられていることになる。

古田史学とMe(「牛頭天王」について(二))

http://blog.goo.ne.jp/james_mac/e/2c625fee02e83df6b33a954595a744b7

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