« 鈴木真砂女著『銀座に生きる』(富士見書房) | トップページ | もう少し「鈴木真砂女」 »

2017年10月28日 (土)

Y先生の訃報(2)

Y先生と親しい8人で,Y先生に会いに行った。
Y先生は安らかに眠っていたが,
Y先生によって引き寄せられたのか,
初任者の時の生徒であった人たちと
巡り合うこともでき,充実した時間となった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〇 短大を出て教員になった頃,もと生徒さんたち(3人)は中1。
20歳の若き先生と13歳だからわずか7歳違いということだ。
ある日雪が降って,生徒たちと近くの神社まで「散歩」に行ったら・・・という話。

〇 今でも交流があって,連絡を取り合い,週末に食事会をするなど,親しくしていたという。
最近では,「もうお互いおばちゃんなんだから,ニックネームで〇〇ちゃんと呼んでよ」
などとおっしゃっていたそうだ。

〇 Y先生の訃報は,私も存じ上げている音楽のO先生から聞いた。
彼女たちと同じ学年だったようで,私は初任者の時,そのO先生と同僚だった。
その当時から「肥さん」と呼ばれていたので,「肥さん」の歴史は30年以上!

〇 体格がいい(確かバスケット部出身)ので,新任の頃は体育も持っていた。
そういえば「私は体育を持っていたけど,本当は国語の教師なんです」
という自己紹介を聞いたことがある。

〇 頭痛持ちで,「天気が良くないので,気圧の関係で今日は頭が痛い」というセリフは,
私も聞いたことがある。そういえば,私も大学時代,片頭痛だった。

〇 10年くらいお会いしていないと思っていたが,新任の学校でのお仲間とは
今でもお付き合いがあって,実は7月8日(土)に私もその集団(Y先生も含む)とお会いしていた!
所沢駅のすぐ近くのコーヒー店のことである。
私の「アナログ日記」の後半に以下のように書いてあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P(女子もいっしょに) 兄コーチ夫妻,弟コーチ

まんまるへ → 「東中の会」の皆さんとバッタリ

楽天4ー2西武

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれから3か月半,Y先生は旅立たれた。

« 鈴木真砂女著『銀座に生きる』(富士見書房) | トップページ | もう少し「鈴木真砂女」 »

教育」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 鈴木真砂女著『銀座に生きる』(富士見書房) | トップページ | もう少し「鈴木真砂女」 »

2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ