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2017年10月 1日 (日)

気になる「はじめて」記事

電車通勤のお供に,宇治谷孟著『続日本紀』(講談社学術文庫の
全現代語訳)を読んでいる。
もちろん九州王朝から大和政権への変化の兆候を探すためだが,
それと並行して(あるいは,そのものとして)「はじめて」記事をカウントしている。
(六国史で『日本書紀』に続いて作られたのが,『続日本紀』である)

おそらく「我が大和政権としては,はじめて~した」という意味で
使われているのだと思うが,そこら中にちりばめられていて(70近く),
集合体として,政権が替わったことを証明するものだと考えている。

696年・・・0件
697年・・・0件
698年・・・1件(むちの法を定める)
699年・・・1件(鋳銭司を設ける)
700年・・・2件(道昭の宇治橋,製衣冠司)

701年(大宝元年)・・・6件(下物職,大宝令,新令の講釈,勲位,内舎人の任命,  造大幣司の任命)
702年・・・6件(紀伊国に加太の駅家を設置,大宝律の頒布,国司が正倉のカギを授けられ,
 度量の天下諸国への頒布,大宝律の講義,木曽路の開通)
703年・・・1件(皇族等の21歳登録)
704年・・・3件(五位以上の者に長椅子の設置,平伏礼をやめる,藤原京の地所を定める)
705年・・・0件

706年・・・1件(五世の王の朝服の変更)
707年・・・3件(朝参と出勤日数の記録,皇位継承への思い,授刀舎人寮の設置)
708年・・・4件(催鋳銭司の設置,和同開珍の銀銭を使用,内蔵寮に史生四人を置く,銅銭を使用させる)
709年・・・1件(造雑物法用司を置く)
710年・・・2件(守山戸を指定,平城京に遷都)

711年・・・5件(都亭の駅を設ける,大倭国・吉野郡の役人,畿外の人の採用,五位以上の卒した者について即日の報告義務,蓄銭叙位)
712年(『古事記』完成。だが,その記事はなし※)・・・3件(高安の烽の廃止,国司への給付,東西市に史生二人置く)
713年・・・9件(度量の細則,丹後国設置,美作国の設置,大隅国の設置,長幼の序,山背国の乳牛,大膳職に 史生四人,
 交通不便の地の改善,中務省に史生十人増員,宮内省に史生十人増員)
714年・・・2件(東国の五国に絁の調を輪納,出羽国に養蚕を行わせる)
715年・・・3件(皇太子が礼服を着る,皇太子が拝賀,京職の印を用いる)

716年・・・4件(河内国に和泉監を置く,武蔵国に高麗郡を置く,元興寺を左京区に移し建てる,和泉監に史生3人を置く)
717年・・・2件(上総国・信濃国に絁の調を貢進させる,五位の者などにそのまま禄を支給)
718年・・・3件(能登国を設置,大炊寮に史生四名を配置,畿内の兵士を徴発して宮城を守らせる

719年・・・13件(全国の人々に,衣服の襟を右前にさせた,造薬師寺司に史生二人を配置,志摩国に佐芸郡を設ける,皇太子が政務に参与した,諸国の史生などに笏を持たせた,抜出司を置く,按察使を設置,石城国に駅家十カ所を設ける,任官と同等に扱え,衛門府に医師一人を配置,婦女の衣服の様式を制定,位分資人)


720年(『日本書紀』完成)・・・5件(僧尼に公験(身分証明書)を授けた,授刀舎人寮に医師一名を配置,神祇官に史生四人を配置,公文書の上申には駅馬を使う,養民司・造器司・造興福寺仏殿司の三司を設置)

※ 720年に『日本書紀』が完成しているのは載っていて,
712年に『古事記』が完成したのが載っていないのは,
両者がともに天を戴(いただ)けない存在だったからだろう。
政権が移動した結果,「我が国は昔から,大和政権が治めている」
という体裁の『日本書紀』が完成することになった。
(よく読むと,『古事記』には九州の豪族の悪口が書かれているが,
『日本書紀』には出てこないのだ)
歴史教科書では両者が平然と並んで書いてあるが,
「せっかく「抹殺」した『古事記』の存在をバラさないでくれ!」
という代物なのである。(『古事記』は,鎌倉時代に発見された)

※ これらと並行して「山沢亡命」記事も出てきます。(707,708,717年)
つまり「軍器」や「禁書」や「兵器」を持って大和政権と徹底抗戦しようとする
九州王朝を支持の人たちとの戦いが記録されているのが,
何を隠そう,この『続日本紀』なのでした。

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コメント

肥さんへ

「はじめて」記事、肥さんの原点ともいうべきものですね。

〉よく読むと,『古事記』には九州の豪族の悪口が書かれているが,
『日本書紀』には出てこないのだ

この視点も「多元的視点」というものですね。
史書も人間が書いているので、つい人間的な側面があらわれる、
ということなのでしょう。
人の悪い私は、史書の中のこういう部分を探すのがとても楽しいです。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

急に大きな発見はできませんが,
作業をしながら毎日頭を使っておくことが,
次につながる気がしています。

ちなみに,「はじめて」記事も,九州の豪族の悪口も,
古田武彦氏の講演会で知った話題で,
私のオリジナルではありません。

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