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2017年9月13日 (水)

肥さんの弁明

本項は「夢ブログ」のネタとして書きました。
この項についての反応は,
下記のサイトにお願いいたします。

古田史学の継承のために

http://koesan21.cocolog-nifty.com/keishou/2017/09/post-4016.html

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川瀬さんへ・上城さんへ

せっかく私の名前が出てきたので,「ソクラテスの弁明」ならぬ「肥さんの弁明」をさせて下さい。

(1)川瀬さんが,主語がある場合とない場合の区別をつけることによって,
日本書紀を解き明かす1つの有力な方法を示されれました。

(2)私は素晴らしいアイデアだと思い,「このサイトでの共通の言葉として使いませんか?」
というつもりで,“「主語有無」の論証”と命名しました。ところが,論証(仮説の方がよかったのかな)
という言葉が強烈過ぎたのか,その後「論証できる・できない」という方向に「責任追及」の原因に
されてしまうことになりました。

(3)私が命名した“「主語有無」の論証”には主語有無にカッコが付けてあり,
「こういうアイデアではいかが?」というニュアンスを付けたつもりだったのです。

(4)古田武彦著の『「邪馬台国」はなかった』は,よく『邪馬台国はなかった』と誤記されますが,
カッコがあるのとないのとでは大違いなわけです。

(5)議論が白熱してきたので,いつの間にかカッコなしの“主語有無の論証”や
カッコを全体にかける“「主語有無の論証」”も登場してきたので,ここに書いておく次第です。

(6)川瀬さんも「そしてあえて付記すればこれを法則だとして「主語有無の論証」と
名付けたのは肥沼さんですよ。肥沼さんも絶対のものと考えたからこう命名したのでしょうね。」
と書かれているのですが,それは違うのです。
「素晴らしいアイデアですね。これでどこまでいけるかやってみたいですね」という意味で,
カッコ付きの“「主語有無」の論証”と命名させていただいたわけです。

(7)言葉の使い方が良くなかったとすれば,私の勉強不足ですので,お詫びいたします。
幸い川瀬さんによって,“「主語有無」の論証(改訂版)”も書いていただきましたので,
今後は上記のニュアンスでやり取りしていただけるとうれしいです。
以上,「肥さんの弁明」でした。

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「夢ブログ」に最初に登場した“「主語有無」の論証”については,
以下で読めます。

「主語有無」の論証

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2017/08/post-a185.html


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