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2017年8月23日 (水)

多元的古代の研究について

今から30年近く前に,故古田武彦氏の研究に魅力を感じ,
「古田史学」と通常書いているものが,多元的古代の研究である。

特に九州王朝から大和政権(「近畿天皇家」と古田氏は表現)への変化が
劇的かつ歴史の改ざんが大きく予想されるので,
現在の研究の焦点としているものだ。

大雑把にみて,「日本列島の代表」の役割を担ってきたのは,
次のような勢力だと考えている.。

弥生時代前半・・・出雲王朝(「神無月」「神在月」の神話,考古出土物などから)
弥生時代後半~7世紀末・・・九州王朝(「国譲り」の神話,考古出土物などから)
飛鳥時代(8世紀初頭)・・・大和政権(白村江の戦いで九州王朝が滅び,
 「続日本紀」で大宝元(701)年に初めて年号を建元したことを宣言)

もちろんこの中心権力以外にも,南九州には隼人の人たちの勢力があり,
関東には九州王朝通じる勢力があり,東北にももちろん蝦夷(愛美詩)の勢力があった。

そもそも豊臣秀吉が「初めて全国統一」するまでの500年前までは,
「全国統一できていなかった」わけだから,古代にはとても無理な話のである。

話を戻すと,おそらく九州王朝(南朝の冊封体制の子分)にはすでに
元嘉暦で書かれた編年体の「日本紀」が誕生しており,
(実際その書名が何か所も登場している)
それに代わった大和政権の「日本書紀」(儀鳳暦+元嘉暦+儀鳳暦)の親本になっている。

しかし,かつての出雲王朝や九州王朝の支配の記事はカットされ,
「この日本列島を支配してきたのは,昔から大和政権だけであった」という主張が
全面的に採用されているのが,「日本書紀」というわけなのだ。
(そして,「日本書紀」をもとに書かれていると言っていいのが歴史教科書だ)

古田氏から多元的古代の話を最初に聞いた時,
最初は頭が混乱して「今までの歴史の学習の成果」が崩れていったのを覚えているが,
この「夢ブログ」の読者の皆さんも同じ思いをしているのではないかと思い,
時々ブレーキをかけて,今私がやっていることを説明している。
要は,「真実の歴史を知ってから棺桶に入りたい」ということなのだ。


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コメント


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もちろんこの中心権力以外にも,南九州には隼人の人たちの勢力があり,
関東には九州王朝通じる勢力があり,東北にももちろん蝦夷(愛美詩)の勢力があった

蝦夷を(愛美詩)と書く表記は初めて見ましたが
美は中国で昔から使われている漢字であると思います
愛や詩は比較的新しい漢字ではないでしょうか?

古代からある漢字なんでしょうか?少し疑問が?

翔空さんへ
コメントありがとうございます。

実は,私もそう感じた時があります。
蝦夷というマイナスな表現と
愛美(弥でした)詩というプラスの表現では落差が大きいからです。
実は,日本書紀の神武紀に出てくるのですが,
長くなるので,項を改めます。

そうでしたか。日本書紀でしたか。
愛美詩
何とも素敵な美称だなあと思いました。
ありがとうございます。

愛弥詩でしたか。
それでもやはりいいですね。

くわしいお話も読ませていただきました。

翔空さんへ
コメントありがとうございます。

字にしろ音にしろ,とても「プラス・イメージ」ですよね。
しかし,教科書で教えるのは「蝦夷」だけであり,
東北地方の人の多くも「愛」「サンズイに彌」「詩」などという素敵な表現が
「日本書紀」神武紀にあるなんて知らない。
これは「歴史教育」にとって,大変不幸なことだと思います。

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