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2017年8月 3日 (木)

国分寺と七重塔

上記の題名で須田勉氏が『国分寺の創建(思想・制度編)』に
書いているのを最近発見した。(遅い・・・)

【文献史料から七重塔であることが確認できる例】

・近江国分寺(『日本紀略』弘仁十一年(八二〇)十一月庚申条)
・武蔵国分寺(『続日本後紀』承和十二年(八四五)三月己巳条)
・陸奥国分寺(『日本紀略』承平四年(九三四)閏正月十五日条)

【日本の飛鳥・奈良時代の寺院で,七重塔以上の規模をもつ塔】

・百済大寺(吉備池廃寺)     九重塔(回廊内)
・高市大寺(天武朝大官大寺)  九重塔か(百済大寺と同規模か)
・文武朝大官大寺          九重塔(塔二基を計画か,回廊内)
・大安寺                七重塔(塔二基,回廊外で塔院を形成)
・東大寺                七重塔(塔二基,回廊外で塔院を形成)

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