« ダイエットの目標に向けて | トップページ | 「獅子」のほろ酔いセット »

2017年7月29日 (土)

東大寺の塔は「七重塔」でした

塔の先に付けている「九輪」から九重塔をイメージし,
6月の修学旅行の際そう書いてしまいましたが,
以下に載せるサイトにも,『国分寺の創建(組織・技術編)』P101にも
「七重塔」と書いてありました。どうもすみません。

東大寺の東塔の発掘調査

http://www.bell.jp/pancho/k_diary-16/2015_11_21.htm

「七重塔示す瓦」が大量出土

http://www.sankei.com/west/news/160422/wst1604220091-n1.html

ということで,九重塔の数はさらに少なくなり,
百済大寺(吉備池廃寺)くらいしか
なくなってしまうのではないでしょうか。

「総国分寺」の東大寺が七重塔では,
各地の国府寺(国分寺ではない)に「七重塔を建てよ!」と出した聖武天皇の命令にも,
いまいち迫力がないかもしれませんね。(同じ規模なわけですから・・・)

« ダイエットの目標に向けて | トップページ | 「獅子」のほろ酔いセット »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ

大官大寺がありますよ。

肥さんへ
書き忘れました。

百済寺や大官大寺の九重塔はすでになく、当時の国府寺は高々五重塔でしょうから、
国分寺とするために七重塔を建てさせ、総国分寺東大寺は七重塔で良いのでは?

 少しあとの時代のものですが、京都に白河法王が立てた法勝寺の九重塔がありますよ。
 永保元年(1081年)に建立されたが、 元暦二年(1185年)の大地震で倒壊して、その後、建保元年(1213年)に再建されたが、暦応五年(1342年)の火災で焼失したもの。
 最近その遺構が全面発掘されたようで、ネット上にその復元図が掲載されています。

 http://www.kyoto-arc.or.jp/news/leaflet/270.pdf

肥さんへ

大安寺も基壇規模から九重塔と推定されていたと思います。
東大寺の7重塔が建った時に、大安寺の九重塔が建っていれば、
大安寺(平城京大官大寺)がNo.1、東大寺がNo.2ということですね。

官寺の筆頭は大官大寺(藤原京、平城京ともに)なので仕方ないですね。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

いろいろとフォローしていただき,うれしいのですが,
「またやってしまった」と自分の粗忽(そこつ)さを恥じております。
今度からは,確認の作業を少ししてからお知らせしたいと思います。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

またまたドジですみません。
八角九重塔の復元図をリンクさせていただきました。

肥さんへ

大安寺が基壇から九重塔と推定されていると書きましたが、史料には七重塔とあるようですので、訂正いたします。

「塔は天平十九年(747年)の段階では完成していませんが、天平神護二年(766年)には東塔に震災があったという記述が続日本紀にあるため、このころには竣工していたとみられます。 さらに塔は寛治八年(1094年)の『官宣旨案』『七大寺巡礼私記』ともに七重塔であったとしています。」
http://www.daianji.or.jp/02-garan.html

山田さんへ
コメントありがとうございます。

大安寺は,七重塔ですね。
了解したしました。

PS 復元図がサイトにありましたので,
リンクさせていただきます。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« ダイエットの目標に向けて | トップページ | 「獅子」のほろ酔いセット »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ