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2017年6月12日 (月)

『人生に奇跡が起きる魔法の言葉』

心屋仁之助著,セブン&アイ出版刊,
680円+税の上記の本を昨日入手した。

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著者の心屋仁之助さんについては,
愛の世代ズのお2人からすでに少なからぬ情報を得ていたが,
今回この本(2017年6月1日刊だからおそらく最新刊)を読んでみて,
いろいろ得るところがあったので,何点か書いてみよう。

(1) 「愛される」と思って生きるのか,「愛されない」と思って生きるのか

これは前書きのところで出て来る言葉なのだが,なかなかいいと思った。
私は両親から健康をいただいたことに感謝はしていたが,
もう1つ「愛されている」という感覚もいただいていたと思った。
これが私の心の安定にもつながり,人との接し方にも大きな影響を与えていると思う。
それを考えると,幼児の時に「生まれてきてくれてありがとう」と言われている子と,
「なんでお前みたいな子ができてしまったのかねえ」と言われて育つのでは,
人間スタートからして大きな違いがうまれるものと思う。
それは親だと最もいいが,小さいうちの教員もその役割ができるかもしれない。
(トットちゃんは,トモエ学園で「君は本当はいい子なんだよ」と言われたらしい)

(2) 「でも,私は愛している」という言葉について

もう少し成長してからでも,上記のことは通じるものがあると思う。
「お前なんか大嫌いだ」と学校の先生が言われた時の,
最高の反応は「でも,私は君のことが大好きだからね」というものだ。
こんなことを若い女性の先生に言われたら,もうたまらないであろう。
私だったら,すぐ白旗をあげる。
「売り言葉に買い言葉」という言い回しがあるが,
「お前のことが大嫌い」と言われて,「私だって大嫌い」と言っていては
火に油を注ぐばかりなのである。

(3) 『きのふ・けふ・あす』に出ている母の言葉

長谷川宏著『きのう・けふ・あす』(現代書館)に,私の母の言葉が出て来る。
勉強が得意ではなかった私について,母はこう語ったというのだ。
「この子は勉強はそれほどできないけれど,やさしい子に育ってくれてうれしい」と。
この言葉は秀才であった父との対比ということもあるのだけれど,
私の半生を支える言葉だったように思って感謝している。
普段は憎まれ口ばかり叩いているけどね。(^-^;


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