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2017年6月12日 (月)

東大寺の東塔跡と西塔跡を訪ねて

修学旅行で東大寺に寄った際,
東塔跡と西塔跡に行ってみた。
写真を何枚か撮ってきたので,
載せてみることにしよう。

【復元・九重塔の法輪】

P6080513

【東塔跡】

P6080520_2

P6080521

P6080522

【西塔跡】

P6080531

P6080530

九重塔の土台も版築が施されているためか,
1300年の風雪に耐えて残っているように思う。

そして,これが総国分寺としての東大寺の九重塔であり,
その下に各国の国分寺の七重塔があり,
(九州王朝の時代に建てられた)国府寺の五重塔・三重塔は
さらに「それ以下の扱い」ということになるのではないか。


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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ

確かに基壇幅80尺(約24.2m)を考えると、九重塔でもおかしくないですね。
ただ、どの文献に九重塔とあったのでしょうか?
教えていただければありがたいです。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

法輪の数が9つなので,早合点してしまったようです。
あと,総国分寺のプライドとして,
ほかの国分寺と同じでは格好がつかないと考えました。
サイトをあたってみましたが,「七」の数字が瓦に付けられており,
これで七重塔でなかったらおかしいですよね。
どうもすみません。

肥さんへ

〉ほかの国分寺と同じでは格好がつかないと考えました。

たしかにそうですね。気持ちはよくわかります。
でも、聖武天皇の詔で「七重塔一区」を造れといわれたのに、
総国分寺東大寺がそれに反してはいけないのではないでしょうか。

総国分寺は「七重塔」を守りつつ、それを「二区」造って格好をつけたのでしょう。
「一区」造れと言われたのに「二区」造ったからというお咎めはないでしょうから。

「七重塔」は高さではなく「五」を上回る「七」を誇りたかったのだと思います。
もちろん、五重塔より七重塔が高いから高さを誇ったことにもなりますが。
妄想すれば、九州王朝の「國府寺建立の詔」には「五重塔」とあったのかも。

肥さんへ

〉法輪の数が9つなので,早合点してしまった

「法輪」は別名「九輪」ともいい、数は固定されています。
塔の層数とは無縁です。念のため、お知らせします。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 妄想すれば、九州王朝の「國府寺建立の詔」には「五重塔」とあったのかも。

なるほど,それはあるかもしれませんね!(笑)

〉 「法輪」は別名「九輪」ともいい、数は固定されています。
塔の層数とは無縁です。念のため、お知らせします。

「五輪」「七輪」「九輪」と塔の階に比例して,増えていくのかと思っていました。
思い込みでした。

肥さんへ

宮本武蔵、火鉢、仏塔の三題話ですね。
座布団10枚に相当します。さしあげませんが・・・。

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