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2017年5月 6日 (土)

「洛中洛外日記」に「多元」139号(吉村さんの記事)の紹介

「洛中洛外日記」に「多元」139号(吉村さんの記事)の紹介をしています。
論考には,私の名前も登場してビックリ!

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古賀達也の洛中洛外日記【号外】
2017/05/02
『多元』139号のご紹介

 友好団体の「多元的古代研究会」から『多元』No.139が届きました。
(中略)
 上田市の吉村八洲男さんの論稿「『シナノ』国府寺と多元史観」も掲載されており、多元的「国分寺」研究が各地で活発に進められていることがわかります。いつかは『古代に真実を求めて』で多元的「国分寺」研究を特集できればと期待しています。
(後略)。
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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ
 多元139号のコピーを頂けないでしょうか。
 たしか上城さんの情報だと古賀さんの論文があるようですし、吉村さんの信濃国分寺についての論考も読みたいです。
 よろしくお願いします。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

「多元」139号のコピーをお送りします。
少々お待ちください。

肥沼さんへ
 多元139号のコピーありがとうございました。さっそく精読しました。
 上田さんの信濃国分寺に関する論考。力作ですが、仮説の証明方法が間違っていますね。
 上田さんは、遺跡の状況から見て、信濃国分尼寺の方が国分僧寺により古いとみられるので、尼寺を九州王朝の国府寺、僧寺を近畿天皇家の国分寺とする仮説を持たれているようですが、この仮説がまず明示されていません。
 そのうえで4・5でどちらの寺が古いかを論じていますが、その方法論、使用した史料の性格判断が誤っており、さらに史料を使った論証そのものが誤っています。上田さんは歴史学の方法論を理解されていない。
 4で尼寺の方が古いとの論証をされています。その根拠とされた史料は、尼寺と僧寺の金堂建物はどちらも、7間×4間と同じ構造の建物なのに、僧寺の建物の方が大きく尼寺の建物の方が小さいという事実です。しかしここからいきなり、僧寺を作ったときの尺が尼寺を作ったときの尺より長いものだと即断し、「南朝尺は1尺=24.5㎝」「唐尺は1尺=約30㎝」なのだから、尼寺は南朝尺で作られ、僧寺は唐尺で作られたと論断しています。
 この論証方法は誤り。同じ尺を使っていても、たとえば柱間距離を、僧寺が12尺で作り、尼寺が10尺で作ったと考えても無理はないのです。実際に信濃国分寺資料館のサイトにある建物の柱間寸法を「唐尺」「南朝尺」で割ってみても、同じ尺だと仮定してみたばあいに、僧寺の方が長く設定し、尼寺の方が短く設定したことはたしかです。
 そしてそもそも復元された建物の柱間距離で、使用した尺を判断することは無理です。
 この柱間距離は、遺跡状況からの推定復元値です。
 この尼寺は基壇と礎石の一部が残っているので、ここから金堂を7間×4間と推定した。しかし礎石にはどの位置に柱を置いたかが示されていない。後世の成形された礎石のように礎石上面に柱を入れる穴が開いてない。自然石の礎石の上に礎石の凸凹に合わせて削った柱を置くのですから。だから柱間寸法は推定復元値。僧寺金堂は基壇は残っておらず礎石も残っていない。基壇の周りの雨落ち石が残っているので基壇の大きさが推定できただけ。あとは尼寺と同じ7間×4間と推定して作った数値。
 この推定値である柱間寸法でこの寺がどの尺で作られたかを推理する方法そのものが誤りです。
 しかも上田さんは、金堂の側面の長さを柱間数で割って、平均値としての柱間寸法を出して、これを元に議論する。平均を出すこと自体に意味がありません。
  そして5で、今度は「法隆寺のものさし」という本で学んだ方法を適用して論じています。どんな方法を学んだか明示してないので分りませんが、なぜか使用したであろう柱の寸法が提出され、太宰府政庁は三等材を使用しておりその断面寸法は24.5㎝。これに対して信濃の寺は大きさから四等材だとして、その断面寸法は22.0㎝。この22.0㎝で尼寺の柱間寸法(なぜかこれも実寸法ではなく平均値)を割ると整数に近い。だからこの尼寺は南朝尺で作られていると。
 どうして使用木材の断面の倍数で柱間寸法を決めたとするのでしょうか。論証に使用した資料そのものが意味不明だし、論証方法が意味不明。
 上田さんの仮説の立て方と論証の仕方。どう間違っているかは改めて文章にするつもりです。
 多元139号に書かれた古賀論文。上城さんご指摘のように、「論証」「実証」という言葉の意味すら分かっていないことがよくわかる論文ですね。この論文のおかしさについても、あとで文章にします。
 とりあえず資料コピーと送付のお礼まで。

追伸:肥沼さんが二つの論考をどのように読まれたか。そのご見解を聞いてみたいですね。いつもこちらが論じているだけで、肥沼さんはご自身の見解を明らかにされないので。これテストではありませんよ。どう読まれたかを知りたいだけ。

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