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2017年1月10日 (火)

アジア圏の二倍年暦とイスラム圏の多倍年暦

古田史学ではよく出て来る話題なのだが,
古代アジア圏ではモンスーンの影響からか,
(1年の半分は南風,もう半分は北風)
昔は我が国でも二倍年暦が使われていた。
(今でも太平洋地域では,そのやり方の名残がある地域も)

私たちは1年に1回歳をとるが,
1年に2回歳をとる時期があったのである!
古代の天皇は長寿ぞろいで100歳以上の方が多いが,
それは1年に2回歳をとったので多いわけである。
だから,153歳の天皇がいたとすると,
153÷2=76あまり1で76歳と半年の寿命だったということだ。
私たちは今の常識(1年に1回歳をとる)で生きているように,
古代の人たちも当時の常識(1年で2回歳をとる)で生きていた。
私たちはそのことに気が付かないだけの話である。

弥生時代の卑弥呼の頃の倭人の平均寿命を90歳と聞いて(魏志倭人伝),
中国の人たちは驚いたというが,中国でも古い時代は二倍年暦だったのが,
その頃は一倍年暦に変わっていたのを,倭人の年の数え方を知って
驚いているということでなのあった。
ちなみに弥生時代の平均寿命は40歳ほどということだ。

さて,その応用問題が「聖書」に出て来る。
アダムの時代・・・1000歳くらい
セムの頃・・・500歳くらい
「聖書」が書かれた頃の寿命・・・40~50歳くらい
つまり「聖書」が書かれた頃にはもう私たちと同じ一倍年暦で,
1年に1回歳をとるやり方をしているのが,
アダムの頃やセムの頃は違う歳の数え方をしていたというわけである。
ではそれはどのような方法か?

古田武彦氏の著作『神の運命』(明石書店)によると,
24倍年暦(月の満ち欠けの半分)1年に24回あるから,1000÷24=40余
12倍年暦(月の満ち欠け)1年に12回あるから,500÷12=40余
ということで,平均寿命はあまり伸びなかったようなのである。
つまり彼らはイスラム圏で今使われている「月の満ち欠けで暦を作る」文化圏(太陰暦)に
所属していたというなごりを「聖書」の中に持っていたのだ。
もちろん今は,キリスト教は「太陽暦」を採用している訳だけれど…。

このように昔のやり方が今と違うからといって,
単純に間違いであるということはできない。
当時は「今と違う常識があったのではないか」という
慎重な判断が必要なのである。

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コメント

この本も我が蔵書の中にあった気がする。
はじめを少し読んだきりであった。
探してみようと思った。

さて,わが年は
2倍年歴、12倍年歴、24倍年歴で計算してみるのも楽しいかもしれない。
その時代の常識ということで考えてみると、また見え方が違ってきそうですね。

翔空さんへ
コメントありがとうございます。

私の歳は,二倍年暦だと「116歳」に。
12倍年暦だと「696歳」に。
24倍年暦だと「1392歳」ということになります。
超長生きな人みたいです。(笑)

フィロロギー「認識されたものへの認識」の具体例をあげた説明、見事です。

「このように昔のやり方が今と違うからといって,
単純に間違いであるということはできない。
当時は「今と違う常識があったのではないか」という
慎重な判断が必要なのである。」

歴史を学ぶときの基本的姿勢、みごとに語られています。さすが。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

過分のお褒めの言葉,うれし過ぎます。
今後ともよろしくお願いいたします。

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