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2016年11月 6日 (日)

多元的「国分寺」研究へのご協力を(「多元」への寄稿)

今のところ多元的「国分寺」研究にとって,
有利と思われる5つの事象を整理しておこう。

(1) 「国分寺建立の詔」の中には,「国分寺」という言葉がひと言もない(「七重塔を造れ」とは言っているが)。
(2) 摂津国には2つ,「国分寺」の候補がある。九州王朝のものと大和政権のものではないか。
(3) 総国分寺・東大寺のおひざ元・大和国の橿原に国分寺を名乗る寺がある。九州王朝時代の国府寺か。
(4) 九州年号(金光三年,勝照三年・四年,端政五年)を持つ『聖徳太子伝記』の存在。(多利思北孤?)
(5) 武蔵国分寺の塔跡(南北軸)に対して,他の伽藍跡の方位が7度も西偏している。建造思想の違い?

文保2年〔1318〕頃成立)の告貴元年甲寅(594)に相当する「聖徳太子23歳条」の
「国分寺(国府寺)建立」記事= 「六十六ヶ国建立大伽藍名国府寺」
(六十六ヶ国に大伽藍を建立し、国府寺と名付ける)ではないかと推測される。

さらに,米田良三さんの『逆賊磐井は国父倭薈(いわい)だった』によると,
「東大寺は,豊前国・宇佐の小倉山の寺からの移築ではないか」という視点も,
頭に入れておきたいところである。(『太宰管内志』)

現在,川瀬健一さんと山田春廣さんによって,武蔵国分寺の前に,
国府寺があったのではないかという研究が進められているところである。
下のブログで公開しているので,ぜひ訪問していただきたい。

多元的「国分寺」研究サークル

http://koesan21.cocolog-nifty.com/kokubunji/

各国の「国分寺」を多元的に調査し,また 関連文献をチェックして,
多元的「国分寺」論に有利な事象を増やしていきたい。
当然これは各都道府県にお住いの皆さんのご協力を得なければ,できない研究である。
ぜひご協力をよろしくお願いいたします。

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※ 多元的古代研究会の事務局長・和田さんから,先ほどお電話をいただいた。
これは「多元」に寄稿するために,「夢ブログ」にかつて書いた
「多元的「国分寺」研究に有利と思われる事象」という文をもとにしたものである。

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