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2016年9月 1日 (木)

日本全国・国分寺跡一覧表

上記のサイトを検索で見つけた。

日本全国・国分寺跡一覧表
http://www5f.biglobe.ne.jp/syake-assi/newpage583.html

これまでの知見から,書けることをいくつか。

(1) 一般に,塔が回廊の中にある形式が古く,回廊の外に置かれる形式が新しいとされる。

(2) 大和国分寺を自称する寺が橿原にある。(このサイトの言っている東大寺ではなく)

(3) 摂津国には,2つ自称する寺がある。(「本店」は,大和か九州か)
→ 「2つの候補がある」に変更します。片方は,「国分寺跡」なので,自称はできませんから。

(4) 武蔵国分寺は,金堂を軸とした主要伽藍は7度西偏。塔や尼寺は南北軸で,東山道武蔵路に沿う。

(5) 上野国分寺は,近年の発掘で「金堂」→「講堂」と変更された。

(6) 741年の「国分寺建立の詔」には,国分寺の文字はない。
 「七重塔を作れ」そうすれば天武天皇が「金泥の金光明経を納めよう」という内容。

(7) 聖武天皇は,血縁上あまり立場が強くない天皇だった。民間の藤原氏と結婚。
 国司(貴族たちの)の非協力→郡司の力を借りざるを得なかった

(8) 国分寺より早くから国府には「付属寺」と呼ばれるものがあった。
 これは,九州王朝が作った「国分寺」(国府寺?)ではないか。

(9) 研究論文集の『新修 国分寺の研究』シリーズ,『国分寺の創建』2冊本(以上,吉川弘文館)がある。

(10) 『鎮護国家の大伽藍~武蔵国分寺』(新泉社)もある。

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コメント

肥沼様

精力的なご活躍を敬意と期待を持って拝見しております。
今回の記事の

(3) 摂津国には,2つ自称する寺がある。(「本店」は,大和か九州か)

の部分ですが、正確には上町台地にあったとされる「国分寺」は遺跡と地名から「国分寺跡」と推定されています。
他方、もう一つの「国分寺」は現存しており、「国分寺」を自称しています。
ですから、「2つ自称する寺がある」と記しますと、読者に誤解を与えるかもしれません。
表現に一工夫必要と思われます。ご検討ください。

古賀さんへ
コメントありがとうございます。

実際に「国分寺」を主張している寺が1つと
「ここにあったのではないか」という痕跡が1つ。
合計2つの候補があるということですかね。

→ 「2つの候補がある」くらいにしておきましょう。

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