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2016年9月21日 (水)

住本健次さんの訃報

仮説実験授業研究会の会員であり,
『差別と迷信』の共著者でもあった住本健次さん(もと高校社会)の訃報が
昨日「たの社ML」で届いた。

住本さんは,同じ社会の科学の研究の先輩格で,
時々はお話をさせていただくこともあり,
刺激を受けることが少なくなかった。

今年の2月に仮説社・最大の祭りでは古田史学について話ができて,
「これで共通の話題ができたぞ」とうれしくなり,
4月には新仮説会館において,偶然にも住本さんの講座を受けることができ,
「さすが住本さんは一歩も二歩も先を研究さなっている」と感心したりもした。

その後,聖路加病院に入院されたと聞いて,
「再発」されたのかなあと心配していたが,
やはりその予想は当たってしまっていたようだ。
住本さんのご冥福をお祈りいたします。

4月に新仮説会館の講座を受けた時の報告を
「夢ブログ」でしていたことを思い出したので,
リンクしておくことにする。

新仮説会館への訪問と住本さんの歴史講座(第3回)
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2016/04/post-69b6.html

【『差別と迷信』の著者紹介より】

1950年,福岡県豊前市に生まれ,1969年,山口大学文理学部東洋史学科に入学,朝鮮史を専攻。
    「70年安保」の学生運動(全共闘)華やかな時代。
1974年,社会科教員として福岡養護学校中学部に赴任。差別問題について考えはじめ,障害者運動・
    組合運動に熱中。肢体不自由者問題を考える会の『(障害者権利ハンドブック)私たちの身近な
    法律と制度』の編集も。
1978年,商業高校に転勤。「わかる授業」を模索して組合教研,歴教協に熱心に参加。1983年,進学校と
    よばれる高校に転勤し,受験指導のむなしさを感じ,「学ぶに値する教育」を考え悩む。
    雑誌『ひと』で仮説実験授業を知るものの,それを「理科の授業法」と思いこんでいた。
1988年,「西日本たのしい授業フェスティバル」に参加して仮説実験授業に興味をおぼえ,「わかる授業」
    「学ぶに値する授業」についての悩みが解決。最初にやった授業書〈生類憐みの令〉が「同和」教育に
    関係していることに気づき,「部落史」の研究を本格的にはじめる。1992年に仮説実験授業の
    会員になり,そのころから月刊誌『たのしい授業』(仮説社)に論文を発表しはじめる。1998年現在,
    福岡県立北九州高校教諭。(同年,板倉さんとの共著『差別と迷信』(仮説社)を出版する)


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仮説実験授業」カテゴリの記事

コメント

記事を読んで、驚きました。
住本さんと言えば、『差別と迷信―被差別部落の歴史』の著者としてお名前だけ知っていましたが、
昨年の7月にはじめてお会いする機会がありました。
津島(愛知県)での街かどかがく倶楽部で 《 差別と迷信 》 の授業をされ、
その翌日には、桑名(三重県)で “江戸時代の虚像と実像” というテーマの講座を開かれたのです。
私はいずれも出席して、それまで知らなかったことをたくさん聞くことができて、大いに刺激を受けました。楽しい2日間でした。
また、どこかでお話をうかがう機会があればと願っていたのですが……。
ご冥福をお祈りしたいです。

SASAKIさんへ
コメントありがとうございます。

それはSASAKIさんにとって,大変幸運な出会いでしたね。
2日も住本さんのお話を聞くことができたのですから。
私は住本さんが福岡県にお住まいだったことや,
またあまりインターネットを利用なさならかったこともあり,
もっと積極的に教えを請いに行くべきだったと後悔しています。
昨年「メール de 資料」によって住本さんの歴史講座の話を読み,大変刺激を受けました。
(もしかしたら,SASAKIさんが受けられた講座かも!)
2月に仮説社・最大の祭りでお会いし,古田武彦氏のことをお聞きし,
7月に新仮説会館で講座をお聴き,今に至ってしまいました。
私も「これから」と思っていましたが,もう「これから」は2度ときません。残念です。

住本健次さんの著書を久しぶりに読んでいまどうしているかと思いネットで検索したらこのブログにあたりました。住本さんが亡くたったと知り驚いています。
 実は今から18年ほど前に住本さんと同和教育関係の仕事を一緒にする機会に恵まれました。その仕事を通して、毎週1回の学習会で住本先生の講義を受けることができ、毎回目から鱗の連続でした。先生を通して板倉先生とも出会うことが出来ました。先生には感謝の言葉しかありません。大変遅くなりましたがご冥福をお祈りします。ありがとうございました。

k-1さんへ
コメントありがとうございます。

このブログを介して,また
住本さんをご存知の方と出会うことができました。
ありがたいことです。

さすが『差別と迷信』を著された方だけあって,
穏やかな表情の陰に差別を許さない強い意志を感じました。

福岡にいた方で古田武彦氏の研究を知らないはずはないと思って,
質問したところ,やはりご存じで,大変うれしく思いました。
もしご存命でしたら,退職後いろいろご相談できたものをと思い,
残念で仕方ありません。

残された私たちに出来ることは,
住本さんの目指された「差別のない社会」に少しでも近づけるような,
たのしい社会の科学を研究することだと思います。

 住本さんは僕と同い年。そして中学社会科教員になったのも同じ年。 障害者運動・組合運動に熱中したというのもほぼ同じ。
 違うのは住本さんのほうが早い時期に「わかる授業」を模索し、雑誌「ひと」を読んだり、これを通じて仮説実験授業に加わったりしたこと。
 僕も初任のときから「わかる授業」を目指していたが、そういう実践を調べてみることなく我流で工夫していた。ちょうど住本さんが雑誌「ひと」を読んで模作したり、仮説実験授業に出会ったりしていた時期。この時期の僕は政治運動に夢中だったから、教育の方法論についての勉強はおろそかだった。
 僕が雑誌「ひと」に出会ったのはずっとのちだ。たぶん1995年。
 「君はヒトラー・ユーゲントに入るか」という衝撃的実践を読んだ。
 すぐ真似してみた。翌1996年から歴史はテーマに沿って調べ討論する授業に。そして地理も同じ形で。そのなかで1997年。「日本の東アジアへの拡大をどうみるか」という単元の中で「日露戦争に反対賛成?」の討論を行い、「君は満蒙少年義勇軍に参加するか?」の討論を行った。
 この「ヒトラー・ユーゲント」の授業案に出会ったことが転機になった。
 仮説とはちょっと違う形だが、生徒に考えさせる授業。
 住本さんより10年ほど遅れてですね。
 67歳の早すぎる死。惜しまれます。
※追伸:肥沼さんが以前報告された住本さんの講義の話。農民にとっての検知や刀狩の意味など、近世の織豊政権そして江戸幕府の成立の(百姓町人にとっての)意味などは、僕も『徹底検証「新しい歴史教科書」』シリーズの中の近世編1で詳しくあつかったことがあります。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

私と『ひと』との関りは,最初は板倉聖宣さんより遠山啓さんでした。
大学3~4年なので1980年頃のことでしょうか。
読むようになったきっかけは,教職課程を取るようになったからでしょう。
仮説実験授業も掲載されていましたが,
自然科学のものだったので,自分がやるものとは見ていませんでした。

その後,1982年に板倉聖宣著『日本歴史入門』(仮説社)に出会い,
採用後は社会の科学の授業をすることになっていきました。
教員になる直前に知り,36年間も授業することができたのは,
今考えても大変幸せなことでした。
(もちろん著者の板倉さんにお世話になったことも)

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