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2016年8月22日 (月)

洛中洛外日記の「西村さんの記事」について

私が「夢ブログ」や多元的「国分寺」研究サイトで,
「早く西村さんの報告を知りたいです!」と何回も書いたたので,
古賀さんが早めのアップをして下さったのか,
今見たら8/20(土)の関西例会の記事を,
早くも本日8/22(月)に見ることができました。
ありがとうございました!

『続日本紀』の718年の記事のようです。
阿波ー土佐間の距離に注目です。

阿波ー讃岐ー伊予ー土佐・・・九州王朝時代は333キロ
阿波ー土佐・・・大和政権になって,半分以下の148キロに短縮

距離が半分以下になってかなり便利になった!
紀貫之の『土佐日記』も短縮ルートで書かれたのでしょうね。

あと,そのあたりの年代で豊予海峡を渡る旅行について,
「ある程度の身分の者の航行が自由にできるようになった」
という記事が『続日本紀』にあったと思います。
(716年の「豊後・伊予の境界(国境?)の再考の質問」記事)

そういえば,東山道武蔵路を使っていた武蔵国は,
771年に「コース替え」になって東海道に属するようになりました。
(陸路のみから,陸路+海路+霞ケ浦。終点が常陸国=茨城県石岡市)
これも一種の「大和政権による行政改革」ということでしょうか。

通説では,誰が最初に古代官道を作った主体が不明のまま,
いきなり「コースが変更となりました!」というわけですから,
「日本古代ハイウェーは九州王朝が作った軍用道路か?」を書いた時,
「これは怪しいぞ」とにらんだのでした。(「古田史学会報」2012年2月号)

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古賀達也の洛中洛外日記
第1259話 2016/08/20

『続日本紀』の中の多元史観(もう一つのONライン)


 本日の「古田史学の会」関西例会では、学問の方法論に関する茂山さんの発表など重要な報告が続きました。中でも、西村さんと正木さんからの『続日本紀』に見える「もう一つのONライン」とでもいうべき痕跡についての報告は興味深いものでした。
古代官道の南海道が四国内の阿波国府から土佐国府のルートが変更されており、
その変更が九州王朝から大和朝廷への王朝交代によるものという、西村さんの発見は画期的でした。
 南海道旧道は阿波国府・讃岐国府・伊予国府・土佐国府(333km)でした。
新道は阿波国府・土佐国府(148km)へと短縮されたのですが(『続日本紀』養老2年5月条〔718年〕)、
この変更は中心王朝から出発して土佐国府への最短ルートとしたもので、
その中心王朝が九州から大和へ変更になったためとされたのです。素晴らしい発見です。
なお、古代南海道のルートが変更されているという指摘は今井久さん(古田史学の会・会員、西条市)からなされており、今回の西村さんの発見の契機になったとのことです。
 わたしからは「評」系図の史料批判として系図を史料根拠に使用する難しさについて報告し、
「異本阿蘇氏系図」などを根拠に評制の開始時期を7世紀初頭以前にまで引き上げることはできないとしました。また、以前から問題となっていた『二中歴』「年代歴」の虫喰部分を「不記年号」とする明治10年書写の国会図書館デジタルコレクションの『二中歴』小杉写本を紹介しました。
 この他にも、茂山さんからの最新の論理学による「実証」と「論証」の解説など、普段はなかなか聞くことができない貴重な報告がありました。
 8月例会の発表は次の通りでした。

〔8月度関西例会の内容〕
 1). 土左への交通路(南海道)の変更(高松市・西村秀己)
 2). 巨大古墳は大和朝廷の政治的統一を表すものなのか(八尾市・服部静尚)
 3).定策禁中(その3)(京都市・岡下英男)
 4).記紀の真実3 神武東征は無った(大阪市・西井健一郎)
 5).岩波日本書紀の注に一つの疑問(相模原市・冨川ケイ子)
 6).前期難波宮造営の年代について(川西市・正木裕)
 7).古田先生の肉筆草稿新発見報告(奈良市・水野孝夫)
 8).「学問の方法」を整理して今後の「古田史学」を考える ~パースの論理学をめぐって~
 ※添付資料:『議論パターン』について(吹田市・茂山憲史)
 9).『二中歴』の「不記年号」問題の新史料(京都市・古賀達也)
 10).「評」系図の史料批判(京都市・古賀達也)
 11)『続日本紀』もう一つのONライン(川西市・正木裕)

○正木事務局長報告(川西市・正木裕)
 7/23『邪馬壹国の歴史学』出版記念東京講演会の報告・9/03 狭山池博物館 西川寿勝さん講演の案内・2017.01.22 古田史学の会「新春古代史講演会」の案内・「古代史セッション」(森ノ宮)の案内・その他

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「土左」→「土佐」でしょうか。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

原文は「土左」ですので、そう報告しました。

西村さんへ
コメントありがとうございます。

〉 原文は「土左」ですので、そう報告しました。

さすが,古田史学ですね。
「原文を勝手に改訂しない」というルールを,
しっかり守ったということですね。
御見それ致しました。

PS 電話でいろいろ教えていただき,
ありがとうございました。
たくさんの刺激をいただきました。
今後ともよろしくお願いいたします。

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