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2016年7月 8日 (金)

街並みや字地名は歴史の証言者

今多元的「国分寺」研究サークルでは,
国分寺の隣町である府中について調べているのだが,
時代によって中心地がかわると街並みが変わり,
字地名も時代によって変化するなどという醍醐味を味わっている。

どうも府中という街は,その複合的な要素の詰まった町である。
南北軸の目立つ街並みの東には,あきらかに東偏3度の街並みの痕跡があり,
私たちが多摩の郡家の付属寺と考えている多磨寺は,
その東偏3度の傾きに沿って建てられている。
(府中の地図を買って,赤と青で塗り分けたい欲望にかられている!)

また,府中という名称だが,中世の政治的中心をあらわすもので,
順番からいうと,国府→国衙→府中と変化していくようである。
その国府や国衙や府中という地名が今も字地名として残されていることが少なくないので,
私たちが研究のとっかかりにできるというわけなのだ。

ところで,今のところ府中には,国府や国衙という字地名が見つかっていない。
絶対ここにあったと考古学的にも思うのだが,見つかっていない。
すると私たちは,なせ府中にはそれらが見つからないのだろうという
新たな問いを頭において次の研究が始まるのである。

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