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2016年7月22日 (金)

部活後に「相模国分寺跡」を訪問

漂泊の思いやまず,相模国分寺跡に行ってきた。
午前中の部活動が終わっての後のことである。

予定では午後はデスクワーク。
普段なら「机の上の片づけ」から取り掛かるところである。
まあこれも「やる気のスイッチ」の入れ方としては悪くないが,
そこは夏休み,午後3時という中途半端な時刻が
私に「フィールドワークに行かないか?」とささやいた。

バスの時刻表を見ると,15分後に便がある。
私はすぐに年休を2時間いただきバス停へと向かった。
(よく言えば「軽いフットワーク」。悪く言えば「放浪癖」・・・)

同僚の先生のスマホによる検索では,神奈川県海老名市に行くのは,
乗り換えの回数がちょっと多い。
(1) 秋津駅でJR武蔵野線に乗り換える
(2) 府中本町駅でJR南武線に乗り換える
(3) 登戸駅で小田急線に乗り換える
そして,初めて降り立った海老名駅の発車チャイムは,
なんと!私の好きないきものがかりの「サクラ」であった。
(これだけでも私に「縁」を感じさせるのに十分だった)

駅から徒歩10分のところにそれはあった。
台地上の平地に立地したそれは,河川の氾濫を防ぐためか。
あとで気が付いたが,東西の交通とともに南北の交通にも
便の良い立地ということが言えると思う。(町田駅には横浜線)

さて,この相模国分寺は「法隆寺式」と呼ばれる伽藍配置で,
全国的にも規模が大きい方だそうだ。
「法隆寺式」はめずらしいらしいが,こと関東でいうと,
山王廃寺(上野国),茨城廃寺(常陸国),下総国分寺(下総国)と
決して少なくない。むしろ「あらまた法隆寺式なのね」というほどなのだ。
こういうことも多元的「国分寺」研究ならではの話題である。
研究者は,「国分二寺図」(759年)が配られる以前の建築なので,
古い建築様式なのではないかと考えているようだ。

さて,公園のようにして残されている相模国分寺だが,
基壇がはっきり復元されているのは塔のみであった。
四方とも切石できれいに組まれているが,
説明書を読むと「修造時には北辺は乱石積み」とある。
復元が忠実にされているとは限らないというのも,
多元的「国分寺」研究で学んだところ。
2度目の修造の際,雨落ちのため塔の周囲に小石が約2m敷かれていた。
なお,金堂と講堂は「葺石状基壇」だったとのことで,やはり塔が重視されていたようだ。
(火災を受けた際,法輪が落下し,その一部が出土している)

金堂の方は,1メートルほどの高さで表現しているが,特に基壇の整備はない。
礎石がいくつかあるほか,少し離れたところにいくつかそれらしき岩石群。

それらを回廊が取り囲み「法隆寺式」が構成されている。(金堂が東,塔が西)
講堂の跡はよくわからなかったが,さらに歩いていくと僧坊があったので,
それとの間にあったようだ。

南北軸は,わずか55分西偏とのこと。

P7210934

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P7210936

P7210935

P7210941

P7210942


相模国分寺跡

http://www.city.ebina.kanagawa.jp/www/contents/1088750900952/

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

 肥えさんへ
 放浪癖ですか。肥えさんにとっては机の前に座って文献を読むより、このほうが性に合っているのでしょうね。たしかに実地に現地を見て歩いて感じることはとても有意義ですし楽しいものです。百聞は一見にしかずという言葉もありますしね。
 でもこの言葉にはもう一つ裏があります。裏言葉はないのですが、一見は百聞にしかず。とでも言いましょうか、見る前にいろいろ文献などで調べておかないと、実際に行っても何を見たらよいかどこに注目したらよいかがわからないということ。身軽に出かけられる肥えさんだからできることだと思いますが、そうでない私にとっては、先に文献でじっくり考察しておいて、最後に最終確認として現地に赴く。赴く必要がないときは行かない。こういう選択肢もあります。

 塔の基壇がもともとは乱石積みであったとのこと。川原石を小口積みにする方法。武蔵国分寺の塔と金堂が同じですね。相模国分寺はほぼ真北とのこと。きっとこの方法は最も古い建設方法なのでしょう。相模国分寺の金堂基壇は葺石だと。粘土で版築した土壇の表面に古墳の表面をそうしたように、川原石を敷き詰める。
 寺院建築にあたって従来の古墳建築方法・堤の建築方法がつかわれていて興味深いです。また金堂よりも塔のほうが重視されていたらしいとの観察も興味深いですね。

 こうやって実地に見てきたらすぐに、相模国分寺についての研究論文を読み込んでみるのもよいと思いますよ。
 武蔵国分寺との比較にもなります。きっと相模国分寺のほうが、武蔵国分寺の塔中心の伽藍よりも古いのだと思います。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

もちろん川瀬さんのように調査した上で焦点を絞って見てくる
ということができればそれにこしたことはないのでしょうが,
私のように「下手な鉄砲も・・・」というタイプは,
行ってみて刺激を受けないと論文が読めないというか,
興味が湧いて来ないので,この方法をとっています。
おかげで相模国分寺については興味が湧いてきました!

PS 昨日から『続日本紀』を読み始めました。

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