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2016年6月25日 (土)

中華料理「祥和」

昨日三丁目のマスターに,中華料理「祥和」に連れて行っていただいた。
今年の4月27日に開店したばかりの店で,
昼も定食のサービス(780円)をしているそうだ。

注文した棒棒鶏,チャーシユー,餃子等,
味もボリュームも申し分なかった。
夏休みなどは,私個人でも寄りたくなるお店である。
新所沢駅の東口で,交番の通りを入曽寄りに歩いて3分と距離も近い。

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「グルメ・クッキング」カテゴリの記事

コメント

昨日はご馳走様でした。祥和の昼の定食は日替わりで
料理一品と春巻き・ザーサイ・スープ・ライス・杏仁豆腐・
飲み物がついて750円(税抜き)です。日替わり定食は
安くいろんな料理を味見できるのでお薦めです。

三丁目マスターへ
コメントありがとうございます。

マスターから紹介していただいた中華料理「祥和」。
とてもいい店ですね。味も値段も素晴らしい。
ぜひまた新所沢に寄ったら,ご一緒させて下さい。

もしかして肥さんは携帯電話は持ち歩かないけど
パソコンは持ち歩いてるの?

三丁目マスターへ
コメントありがとうございます。

普段から持ち歩きはしませんが,
旅行の時(入力する時間がある時に)は
リュックに入れていきます。
だって旅行から帰って疲れている時に,
旅行記を書く方が大変ですから・・・。
これはパソコン以前からそうで,
海外旅行にも筆記用具を持って行っていました。

一時保管
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

肥さんには、論文をレポートするさいのポイントを提示しておかないといけないと感じました。
 この研究の目的は、聖武天皇の「国分寺建立」の詔以前に、諸国の国府には九州王朝創立の「国府寺」と言うべき寺院が統一的に設置されていたことを、既存の歴史家考古学者の説を検討しながら、明らかにしようとするもので。ここがわかればポイントがわかります。
 1:寺院の伽藍配置:古式(塔が回廊の中)か新式(塔が回廊の外)か
 2:寺院の推定建立年代:
 3:国府との位置関係
 4:その他

 そしてこれらの1~3についての既存の研究に問題がないかどうかです。
 1:について 伽藍配置は、国分寺発掘が工事に伴う緊急発掘であったり、既に市街化されている地域で建物の間を縫って掘られるために、国分寺域が全面発掘されることはありません。したがって部分的な発掘結果からの推測になる。その推測が正しいかどうか。推測する時ふつうは東大寺式を想定します。でも想定と異なるときは、それを部分修正しようとし、すぐには根本的に修正しようとはしません。薩摩国分寺のように、最初は東大寺式想定なのに、回廊の中にもう一つ金堂が出てきた。金堂が二つ。じゃあ川原寺式だと即断し、当初の金堂と想定されたものが金堂なのかどうか、そして講堂と想定されたものが講堂かどうか考えずに、川原寺とした。だからのちに再検討した人は観世音寺式だと訂正することに。伽藍配置の根拠を見ないといけません。
 2:について 通常は遺構や遺物から創建年代を考える。遺構なら寺院のときはその基壇の作り方です。古い順に、a:地面を掘ってそこに粘土を運び込んで突き固める⇒b:aの上にさらに土壇状に高い土盛りを造る 。aの時、最初は地面に穴をほって柱を建てる掘立式⇒地面に礎石を置いて柱を建てる式。bの時、最初は土壇のふちを瓦を積んで補強する瓦積式⇒土壇のふちを切り石で補強する式。こういう形で変化するので創建年代を推定できます。遺物では大事なのは瓦です。瓦の形式や文様の形式から、他のわりと確実に創建年代が文献で分かっている寺院を基準にして相対年代で決めます。このとき近畿王朝中心主義から地方伝搬の年代にゆがみがでます。
 遺構や遺物の解釈からどのように創建年代が想定されたか。その際に近畿王朝中心主義でその年代観がゆがめられていないかがポイント。
 さらにこうした遺構や遺物に基づかず、国分寺建立の詔や続日本紀の記事を優先して創建年代を想定している場合は問題になります。
 3:について 国分寺は国府に近接して建てられた場合とかなり遠い場合があります。前者は5・600メートルですが後者は2キロも離れた場合があります。国府に近接しているばあいには、その伽藍形式が古式なら九州王朝の国府寺が転用された可能性あり、国府から遠い場合は、国府寺以外に新たに国分寺が創建された場合がある。また国府の場所そのものの想定が間違っているときもある。こうしたことを読み取らなければいけません。
 4:その他 ここに肥さんが気付いた、伽藍の軸のブレや、建物ごとにその軸線がブレている場合を入れておく必要があるでしょう。言うまでもありませんが、これは創建年代が異なる建物が共存している可能性が大だからです。ただし「軸がぶれているときは近畿王朝、真北を向いているときは九州王朝」というのはまだ仮説なので、これで創建年代や創建主体を想定してはいけません。九州の太宰府と薩摩国分寺はともに、南北軸が東に3度偏っていました。関東の国分寺に西に6度ほど偏っているのが多いのと好対照です。
 その他に、研究史も押さえておくと良いです。国分寺や国府の場想定がいくつもあったりや、伽藍配置や創建年代について論争があったりなど。これ押さえておくと、こちらが考える参考になります。

 以上、レポートをまとめるときの要点と注意点です。

 別にせかしているわけではない。他のことに気が向くということは、きっとレポートのポイントが分からなくて右往左往していると判断したからです。

僕はガラ携を持ち歩いているので
新所にお立ち寄りの際は連絡ください

三丁目マスターへ
コメントありがとうございます。

わかりました。
番号はいつでも「携帯」していますので,
都合のいい日はお付き合い下さい。

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