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2016年5月13日 (金)

今日までそして明日から

私は31歳の頃,古田武彦氏の著作(『吉野ヶ里の秘密』だった)と再会し,
以来多元的古代の研究に興味を持ち,いろいろ関わってきた。
機関紙にも何回か書かせていただき,それぞれに思い出もある。
今回はそれを振り返り,次のステップのきっかけを探ろうと思う。

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1.「古代史と教育」(「多元NO.40,2000-12」)
【多元的古代研究会・関東の例会で,私が行った北九州旅行の報告と
中学校における歴史教育について話した内容をまとめたものです】

2.「二倍年暦の実例になるか?」(「多元NO.41,2001-2」)
【滝沢馬琴が書いた『玄同放言』という本の中に出てくる194歳の老人
(三河国の満平は二倍年暦で歳を数えていたのではないかと論じたものです】

3.「続報「二倍年暦の実例になるか?」」(「多元NO.49,2002-5」)
【パソコンで検索して「百姓満平の長寿話」という論文を書かれていた
豊川市のお医者さんと連絡がとれ,調査が少し前進したという報告です】

4.「古代戸籍の二倍年暦」(「古田史学会報NO.60,2004-2」)
【「平安遺文」の中から「二倍年暦」に該当しそうなケースをさがしたもの。
国会図書館に1日カンヅメ!】

5.「『徹底検証「新しい歴史教科書」』の紹介」(「多元NO.76,2006-11」)
【川瀬健一さんの著作の紹介。新しい歴史教科書の古代史編を
古田説を使って批判している】

6.「房総半島から八丈島が見えた!」(「多元」NO.77,2007-1)
【飲み屋の旅行の折,沖合い190キロの八丈島が前夜の嵐のために見えた!
その感動をもとに書いた。高祖山から朝鮮半島の距離とほぼ同じ。古事記】

7.「日本古代ハイウェーは,九州王朝が作った軍用道路か?」
(「古田史学会報」2012年2月号)
【当時住んでいた新所沢ー所沢中の正門前ー南陵中校庭ー西国分寺近くの団地
ー武蔵国分寺と尼寺の間を縦貫する幅12メートル,その総延長5300キロにわたる
古代官道を作ったのは誰か。その謎に挑戦した意欲作】

いろいろなことに興味があるが,今はこのサイトの扱っている多元的「国分寺」研究に
“青春”を懸けている。(桜田淳子に「十七の夏」があれば,肥さんには「五十七の夏」
もある。青春は年齢ではない!今燃えているものがある人は,みな“青春”なのだ!)

「国分寺」の研究も,もとはと言えば,東山道武蔵路から始まった。南北に貫くこの道に,
武蔵国分寺の塔と尼寺は同方位を取っているのに,中門・金堂・講堂の方位が,
なぜか7度西偏していたのだ。それを古賀さんに報告したところからすべてが始まった。

皆様,吉田拓郎の「今日までそして明日から」ではありませんが,
これからもどうぞよろしくお願いいたします。m●m

PS この拙文により,当サイト「9000アクセス」の達成です!(o^-^o)

多元的「国分寺」サークル
http://koesan21.cocolog-nifty.com/kokubunji/

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