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2016年3月 6日 (日)

古賀さんの「洛中洛外日記」より 3/6

大きなニュースが伝わってきた。
福岡県糸島市で,弥生時代の硯(すずり)が出土したというのだ。
その学問的な意義を,古賀さんが「洛中洛外日記」で
さっそく書いていただいているので,転載させていただこう。

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古賀達也の洛中洛外日記
第1144話 2016/03/06

糸島市出土「硯」の学問的意義

糸島市から出土した弥生時代の硯は、同地が文字文化受容の先進地域に属していたことを示しています。
このことに関する論稿を「洛中洛外日記」744話『「邪馬台国」畿内説は学説に非ず(7)』で記しました。
この『「邪馬台国」畿内説は学説に非ず』はもうすぐ発行予定の『邪馬壹国の歴史学
「邪馬台国」論争を超えて』(古田史学の会編)に収録されます。
こうした出土物が報告されるたびに、古田先生や古田史学の素晴らしさを何度も実感させられます。
古田先生が生きておられれば、この硯の出土をどれほど喜ばれたことでしょう。
『三国志』倭人伝には次のような記事が見え、この時代既に倭国は文字による外交や政治を
行っていたことがうかがえます。

 「文書・賜遣の物を伝送して女王に詣らしめ」
 「詔書して倭の女王に報じていわく、親魏倭王卑弥呼に制詔す。」
 「今汝を以て親魏倭王となし、金印紫綬を仮し」
 「銀印青綬を仮し」
 「詔書・印綬を奉じて、倭国に詣り、倭王に拝仮し、ならびに詔をもたらし」
 「倭王、使によって上表し、詔恩を答謝す。」
 「因って詔書・黄幢をもたらし、難升米に拝仮せしめ、檄を為(つく)りてこれを告喩す。」
 「檄を以て壹与を告喩す。」

倭人伝には繰り返し中国から「詔・詔書」が出され、「印綬」が下賜されたことが記され、
それに対して倭国からは「上表」文が出されてます。
ですから日本列島内で弥生時代の遺跡や遺物から最も「文字」の痕跡が出現する地域が
女王国(邪馬壹国)の最有力候補です。
そうした地域が北部九州・糸島博多湾岸(筑前中域)で、次のような遺物が出土しています。

 志賀島の金印「漢委奴国王」(57年)
 室見川の銘版「高暘左 王作永宮齊鬲 延光四年五」(125年)
 井原・平原出土の銘文を持つ漢式鏡多数

これらに加えて、今回の「硯」が出土したのですから、だめ押しともいえる画期的な出土といえます。
日本列島内の弥生遺跡中、最も濃厚な「文字」の痕跡を有す糸島博多湾岸(筑前中域)を邪馬壹国に比定せずに、他のどこに文字による外交・政治を行った中心王国があったというのでしょうか。
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