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2016年3月29日 (火)

『古田武彦は死なず』届く

『古代に真実を求めて~古田史学論集第十九集』として,
上記の本が届いた。

P3291521

昨年10月14日に亡くなられた古田武彦氏の
追悼号である。

追悼メッセージを多数収録している。
(もちろん研究論文も10本収録)

また,古代史対談「桂米團治・古田武彦・古賀達也」も
20ページ収録されている。

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『古田武彦は死なず』 目次

○巻頭言
二〇一五年、慟哭の十月  古田史学の会代表 古賀達也
古代の真実の解明に生涯をかけた古田武彦氏  古田史学の会全国世話人・事務局長 正木 裕

○追悼メッセージ
古代史学の「天岩戸」を開いた古田先生を讃える  荻上紘一
弔意  創価学会インターナショナル会長 池田大作
古田武彦先生を悼む  東北大学教授 佐藤弘夫
古田武彦さんを悼む  学校法人旭学園理事長、考古学者 高島忠平
古田武彦さんを忘れない  中山千夏
古田先生を悼む  桂米團治
追悼 古田武彦先生  森嶋瑤子
同志、古田武彦先生を悼む  明石書店代表取締役会長 石井昭男
古田武彦先生を偲んで  古田武彦と古代史を研究する会会長 藤沢 徹
追悼  多元的古代研究会会長 安藤哲朗
古田先生と齋藤史さん  古田史学の会まつもと 北村明也
古田先生との思いで  古田史学の会・北海道代表 今井俊圀
古田武彦先生への追悼文  古田史学の会・仙台会長 原 廣通
古田武彦という人をどこまでも愛して  古田史学の会・東海会長 竹内 強
古田史学とわたし  水野孝夫
古田先生をしのぶ  古田史学の会・四国会長 阿部誠一
古田武彦先生 追悼文  久留米地名研究会(編集長) 古川清久
「倭人伝」のご返事-古田先生の書簡のご紹介-  野田利郎

○特別掲載 古代史対談
      桂米團治・古田武彦・古賀達也
     (KBS京都ラジオ「本日、米團治日和。」の妙禄。茂山憲史氏による)

○〔再録〕古田武彦先生の記念碑的遺稿
村岡典嗣論 -時代に抗する学問-  古田武彦
アウグスト・ベエクのフィロロギィの方法論について〈序論〉  古田武彦
真実と歴史と国家 -二十一世紀のはじめに-  古田武彦

○論説・古田史学 〔資料 古田武彦研究年譜〕
古田武彦先生の著作と学説  古賀達也
学問は実証よりも論証を重んじる  古賀達也
「言素論」研究のすすめ  古賀達也
資料 古田武彦研究年譜  西村秀己

○研究論文
孫権と俾弥呼
 古田武彦氏の「俾弥呼の魏への戦中遣使」論証を踏まえて  正木 裕
四天王寺と天王寺  服部静尚
盗用された「仁王経・金光明経」講説
 -古田武彦氏の「持統吉野行幸の三十四年遡上」論証を踏まえて-  正木 裕
鞠智城神籠石山城の考察  古賀達也
「イ妥・多利思北孤・鬼前・干食」の由来
 -古田武彦氏の『隋書』イ妥国伝、「釈迦三尊光背名」の解釈を踏まえて-  正木 裕
九州王朝にあった二つの「正倉院」の謎  合田洋一
『日本書紀』の「田身嶺・多武嶺」と大野城
 -古田武彦氏の『書紀』斉明紀の解明を踏まえて-  正木 裕
「唐軍進駐」への素朴な疑問  安随俊昌
倭国(九州王朝)遺産一〇選  古賀達也
「坊ちゃん」と清  西村秀己

○古田史学の会・会則
○「古田史学の会」全国世話人・地域の会 名簿
○編集後記  服部静尚
○二十一集投稿募集要項
○古田史学の会 会員募集

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