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2016年3月 8日 (火)

摂津国分寺(大阪市北区)の「紋」は16弁の菊花紋

摂津国には「2つの国分寺」問題がある。
以下の「2つの国分寺」の,どちらが本当の「国分寺」かというものだ。

(1) 大阪市天王寺区国分町にある「国分寺」跡
(2) 大阪市北区にある護国山国分寺(通称・長柄の国分寺)

国分尼寺からの距離((1)だと2.5キロで,(2)だと8キロ)からいっても,
最近の瓦の発掘からいっても(1)と思われるのだが,
礎石等の出土がなく,教育委員会も〈2〉を推しているようだ。

多元的「国分寺」研究としては,柔軟に考えることが可能なので,
九州王朝の建立した(1)と,その後の主権移動でその任にあたった(2)と
という仮説を立てたいと思う。

では,(2)が大和政権の国分寺という証拠があるのか?
そう思って検索してみたら,「摂津国分寺 紋」で以下のサイトがヒットした。

摂津国分寺(大阪市北区)の紋
http://www.kokubunjiosakajapan.com/

ちなみに,「16弁の菊花紋」は,現在の天皇家の紋である。

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コメント

さすが。興味深い視点ですね。いつからこの国分寺がこの紋をいただいていたかという問題もありますが。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

実は本日ホームページに載っていた番号を使い,
この摂津国分寺(大阪市北区)に電話してみました。
応対して下さった方の話では,
「江戸時代までは皇室とのつながりが深く,行事も行っていた。
しかし,明治時代の廃仏毀釈でそれも絶えた。
16弁の菊花紋が天皇家と同じなのは知っているが,
弁の数だけでなく,真ん中の部分にも意味があるようである」とのことでした。
ぜひ実際にお会いして,お話を聞きたいと思いました。
大阪の近くの方,企画していただけませんか?

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